水曜日, 10月 08, 2008

狛犬さん 603

2008.09.14 大阪府池田市木部町 伊居太神社
 伊居太神社は、「いけだじんじゃ」と読むようですが
 地元の方の中には 「いこた」と読む方もいらっしゃるそうです
 文字を見ると 「いけだ」より「いこた」と読むほうが 自然な気がします
 室町にある呉服神社を下の宮 この伊居太神社を上の宮というそうです
 
 本殿の前にいた狛犬さんです
 台座には 文化九年壬申(1812)九月吉日   と刻まれていました

 境内にあった手洗所です
 左側の手洗いが出来る部分は 文化二年(1805)
 右側は 井戸のようで 元禄十四年(1701)七月と刻まれていました 
 
 元禄十四年の二月に 江戸城内の松の廊下で 赤穂藩藩主・浅野長矩が
 高家肝煎・吉良義央に切りつけるという事件が起こり
 翌十五年に あの有名な赤穂浪士の討ち入りが行われたのですね

 「星の宮神社」です
 説明板によりますと
 
星の宮の由来
   星の宮は 五月山のふもとにある穴織宮伊居太神社(あやはのみやいけだじんじゃ)
  の末社(お旅所)で 星の大神を祀っています
  その昔 仁徳天皇の御世 わが国に織物の技術がなかった頃
  中国大陸から漢織・呉織の両姫が この地に渡ってこられ
  綾錦(絹の織物)を 夜おそくまで灯もつけず機を織っていると
  多くの星が天から降りて来て 織殿を真昼のように明るく照らしてくれたので
  灯りをつける必要がなく 機織がきでたといわれています
  こうしたことから 「星の御門」と称されています
   そこで 星の宮を建てて 織殿を照らした星たちを
  「明星大神」と申し上げてお祀りしています
  その後 度重なる兵乱に遇い お社は焼失してしまいました
  寛正四年(一四六三)に 池田城主筑後守勝正が
  伊居太神社本殿と末社を再建されています
   その後も焼失・再建を繰り返しましたが 村民の信仰が厚いことから
  『日月清明・五穀成就・天下泰平・萬人安全』でありますようにと願って
  このお社が 再建されました 現在のお社は明治初期の建物であろうと推測されます
   現在 建石町町内が お社をお守りし 毎年十月二十七日
  星の宮例祭がおこなわれています
      色てるや 星の御門の 梅の花    止丸「俳諧呉服絹」
          平成十八年三月吉日    建石町町内会

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