説明板によりますと
宇治神社そうです
宇治神社は、日本書紀に「応神天皇の皇子で、
兄である、仁徳天皇との皇位を巡る葛藤から宇治で
自殺した」と記されている。悲運の皇太子菟道稚郎子の
等身大の座像を祀っており、付近は菟道稚郎子が
造営した桐原日桁宮跡と伝えられています。また、
明治維新までは、宇治上神社と二社一体で、それぞれ、
離宮上社、離宮下社と名付けられていました。
現在の本殿及び外陣の狛犬は鎌倉時代につくられたもので、
狛犬は開口する獅子(阿形)と一角を持つ狛犬(吽形)で
一対とされ、格調高い作品として極めて貴重なものです。
当社の際れである離宮祭は、田楽等の芸能が催され、
平安後期から鎌倉時代には多くの人々が集まり大いに
賑いました。
この狛犬さんたちは 鳥居の傍にいました
台座には 大正六年(1917)六月建之
と刻まれていました
説明板にある 鎌倉時代の木造の狛犬さんたちは
現在歴史資料館に預けてあるそうです