境内の説明板によりますと
尾羽根天満宮の由来だそうです
当天満宮は今より三百年前より河内國
道明寺天満宮の分祀としてこの地に
祀られたものである。当地には
尾羽根庵があり、真言宗道明寺より
派遣された尼僧が代々お守りしていたが、
明治初期の神佛分離令により各村々の鎮守さんは
百舌鳥八幡宮に合祀されたが
当天満宮だけはこの地に残されたものであります。
厨子は二百八十年前泉州大鳥郡万代之庄と言った頃
当社再興に当たり享保壬寅七年(1722)八月
堺湯屋町の富豪布屋谷善右衛門
齋泉主より寄進されたものであります
右は当天満宮の由縁であり以前は木造
であったが平成九年十二月吉日鉄社に造営されました
尾羽根天満宮講中
この狛犬さんは鳥居をくぐってすぐのところにいました
2 件のコメント:
はじめまして。
私は尾羽根天満宮講中(尾羽根天神講)の一人です。私もこの天満宮に関する知識は説明板以上も知識を持ち合わせていませんm(_ _)m。この祠に安置されております菅原道真公の座像をご拝顔したことはあります。
追伸:記事にある「大島郡」は「大鳥郡」の間違いです。また、百舌鳥梅町は「堺区」でなく「北区」です。
匿名様
すみません
大島郡では無くて「大鳥郡」でした
今 確認しましたので 訂正しておきました
本当だ!
百舌鳥梅町は 北区だ
もしかすると 堺市のお宮さん全て堺区にしてしまったかも
又 確認しておきます
ありがとうございました
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