この狛犬さん達は 502の足元に居ました
かなり壊れていて 足は阿吽どちらにもありません
下に石をかまして 立たせています
壊れたからと言って 処分しないなんて 良い氏子さん達ですね

入口から入っていくと こんな風に見えます
大きな狛犬さんの陰から こっそり覗いているみたいです

伊勢久留麻神社の由来
伊勢久留麻神社は 遠く伊勢の国久留麻より勧請せるものと言われ
祭神は 大日孁貴尊と称され 敏達天皇の頃(五七二~五八五)と言われ
延喜式(九二七年完成)には 淡路十三社の三番目に明記されている
その為 淡路イザナギ神社を一の宮とし
この神社は三の宮とも言う
昭和五十五年二月十一日 建国の日に NHKテレビが
特別番組として「知られざる古代~謎の北緯三十四度三十二分を行く」で
西のお伊勢さんとして 紹介したので 俄然全国的にも 有名となったものである
平成三年四月吉日
事代主神社
仮屋の三蛭児と言われ その筆頭がこの神社である
西ノ宮戎え神社から勧請したと言われている
例祭は九月の第三日曜日に行われ 若者が担ぎ練り歩く神輿に
沿道から豪快に水が浴びせられます
この故に 別名「水かけ祭り」ともいわれ
圧巻は 最後に神輿ごと海中に飛び込むという
伝統の祭りで 大勢の見物人で賑わいます
十日戎祭
近年 住民参加による祭りとして 昔の賑わいを取り戻しています
無形文化財の淡路人形による「戎舞」も披露され
参道に並ぶ地元の特産や バザーの屋台に遠くからのお客さんで賑わいます
松帆神社
建武中興の忠臣 楠木正成が湊川の戦で自刃の砌
家臣 吉川弥六に日頃守護神と崇めていた八幡大神を託す
弥六は仲間と共に 淡路に逃れ来て小詞を建てこれを祀り
この地を楠木村と称した(現在の楠木)
応永六年(一三九九年)八月に現在地に奉還し
八幡宮として創建せられて以来 浦・仮屋・小田の氏神として
崇められ 厄除八幡として 信仰を集めている
社宝は楠公遺愛の太刀と伝えられる「菊一文字」
この太刀は 後鳥羽上皇が院政の砌 全国の名刀工を召し出され
共に親しく鍛刀遊ばされた際の 筆頭御番鍛冶 備前福岡一文字則宗の
作で「菊御作」の鑑定があり その刀姿・刃紋の美しさもさることながら
この拵え(柄・鞘・鍔)も実に貴重なものであるとして
共に 国の重要美術品に指定されている
例祭は十月の第一日曜日で その際一般公開される
革嶋春日神社由緒
住吉より 山城国葛野郡川嶋荘に祭られて来た神社で
春日大神(建御賀豆智命・伊波比主命・天児屋根命・比売神)を
祭神とする
この社を守り伝えてきた革嶋家は 清和源氏の流れの佐竹氏であるが
鎌倉時代 近衛基通の縁故によって 川嶋荘の荘官となり
革嶋姓を名乗り のち地頭として この地を領有するところとなった
その故に 藤原氏の氏神としての 春日神社を荘園の
守護神としたのであろう
革嶋家に伝わった古文書一六三〇点は 鎌倉時代から明治に至る
川嶋荘の歴史を物語る貴重な資料で 現在は革嶋家より
京都府立総合資料館へ寄贈され 平成十五年重要文化財に指定されています
創建
貞観十八年(876)四月十八日下桂御霊神社の祭神として
勧請する(1117年前)
桂光院智仁親王(桂宮)より 御水尾天皇ご使用の鳳連輦うぃ神輿として
下賜 また御水尾天皇御宸翰「御霊宮」の勅額を下賜される
祭神 橘逸勢公
逸勢公は 平安朝の元勲であり また すぐれた能書家で
嵯峨天皇、僧空海とともに三筆と称せられた
伊都内親王願文 興福寺銅燈台扉銘は 何れも公の手になる
代表の書として有名である
本邦 御霊八社の一つである
下桂御霊神社
祭神 橘逸勢公
逸勢公は平安初期の能書家で 嵯峨天皇、僧空海とともに
三筆と称せられる
当社は書聖を神として祀る 全国でも珍しい神社である
貞観十八年 下桂御霊神社祭神として勧請した(1106年前)
当社は皇室の尊崇あつく 桂宮代々の親王より
神輿 「御霊宮」の勅額(何れも現存)社領水垣などを寄進された
沿革
日出神社は但馬神話で 出石を中心とする但馬地方を治めた
天日槍(あめのひほこ)の四世「多遅摩比多詞(たじまひたか)」を祭神とする
神社の創立は明らかでないが
延喜式に但馬国出石郡の小社と記された式内社である
現本殿の建立は 建築様式技法から考察して
室町時代末期の16世紀初頭と考えられ
その後 宝永元年(1704)享保11年(1726)
明治21年(1888)に 修理したことが 棟札によって知られる
解体修理は 昭和48年に着手し 翌昭和49年11月に工事を完了している
構造形式は旧規を踏襲し 後世改変された箇所は資料にもとづいて復旧し
覆屋も撤去して 当初の姿に修復された
なんじゃもんじゃの木
(俗名 縁結びの木)
植物名 カゴノキ(クスノキ科)
奇妙な木じゃのう、これはいったい「何ちゅう物じゃ」
名前のわからない珍しい木のことをなんじゃもんじゃの木といいます
「何というものか」という意味です
カゴノキの特徴は、木の皮がまるくはげ落ちて
ちょうど鹿の子まだらのようになることです
鹿の子の木というところから この名前がついたのでしょう
カゴノキは雌雄異株で この木は雄の木です
このように大きなカゴノキは大変珍しいものですが
その上ツバキの大木をふところにしっかりと抱きかかえているのは
他で見ることができません
昔から 縁結びの木としてしたわれ 徳神社の神木として
また出石町の名木として 末永く大切に保存していきましょう
出石町観光協会・奥山観光組合