木曜日, 1月 23, 2014

狛犬さん 1279

2013.04.05 姫路市本町 姫路神社
 境内の説明板に依りますと
 姫路城鎮護
姫路神社御由緒
       徳川内府大政を奉還し、
      王政復古の大号令が発せられ、
      明治維新を迎える。
       明治四年(1871)、廃藩置県の改革成るに及んで、
     姫路藩十代、百二十年余、
     世々領主として全盛に勤められた境目も為に、
     東京移住を令せられたのであります。
      茲に、永年恩恵に浴した領下四民は、
     欽慕の情止み難く、旧藩主大年寄、大庄屋等発起し、
     相謀って、神東郡姫路本町五十、五一、五二、番の
     合併地五百八十八坪 余を取得し、
     明治十二年(1879)一月、官許を得て社殿を創建、
     酒井家遠祖新田義貞公の裔、
     烈祖正親公を奉祀し、
     報本反始の誠を致したのであります。
     明治十七年(1884)三月、県社に加列せられ、
     春秋の祭儀も次第に多様盛大を極め、
     御霊社の呼称と共に、
     姫路市民の精神的支柱として
     その尊崇を集めてまいりました。
然るに、この地は民家に隣接し、
    且つ狭隘なりを以て、
    大正十四年(1925)十一月、広く市民の奉賛を得て、
    縁故深い姫路城内官有地、
    一千九百七十四坪余を大蔵省より買受け、
    社殿を新築、昭和二年(1927)六月御遷座、
    爾来奉斎して今日に至るのであります。
     偶、当地は、姫路城天守閣の東北隅の要地を占め、
    春は桜花爛漫秋は紅葉彩る神域にして、
    まさに姫路城鎮護神社に応しい立地を
    兼ねるというべきであります。
     昭和三十六年(1951)十月、酒井藩歴代城主を配祀し、
    名実共に姫路城鎮護神社として鎮座されるのであります。     
だそうです

 本殿の前にいた狛犬さんです
 台座には 昭和四年(1929)十二月
        石匠 姫路 奥田
    と刻まれていました

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