火曜日, 6月 28, 2011

狛犬さん 1087

2011.04.26 徳島県徳島市眉山町大滝山 春日神社春日会館
 お社の前にいた狛犬さんではありませんが
 以前はどこかのお社を守っていた狛犬さんたちでしょうね
 現在では 社務所を兼ねている集会場の
  前に引っ越しをさせられた狛犬さんたちです
 徳島タイプのデザインですね

 

月曜日, 6月 27, 2011

狛犬さん 1086

2011.04.26 徳島県徳島市眉山町大滝山 春日神社社日塔
 お宮さんの後ろに社日がありました
 社日は五角形の石造の塔で
   天照皇大神
   大己貴命
   少彦名命
   埴安媛命
   倉稲魂命
 の御柱の神様の名前が彫り込まれています

 狛犬さんの台座には
  文久二年(1862)
   戌二月吉日
 大西屋 甚兵エと刻まれているのは
  石工さんでなくて 奉納者でしょうね

日曜日, 6月 26, 2011

狛犬さん 1085

2011.04.26 徳島県徳島市眉山町大滝山 春日神社豊玉比賣神社
 境内の説明版によりますと
豊玉比賣神社の御祭神は
天石門別豊玉比賣(アマノイワトワケトヨタマヒメ)であります
此の神は「古事記」神代記物語中、実に多くの
頁を費やし、種々の寓話を述べられている
大女王です。それにまた神武天皇の出生に
連る山彦、海彦をも記しています。わが国
天皇家生の歴史はこの海人族の大女王を
無視しては成立しません。山幸彦は倭城(現・脇町)の
住人です。隠国といわれ、倭は言挙げせぬ国などと
称され、発言を封じられていた阿波国ですが
事実の前にはさからえなかったのでしょう。
醍醐天皇の御代に定められた延喜式神名帳では、
日本国内で阿波一国にのみ奉祀せられています。
日靈命(オオヒルメノミコト)と同様、天石門別豊玉比賣が
豊日靈命の殯宮、同じく式内社綿津見豊玉比賣神社が
「古事記」海幸彦・山幸彦の物語中に出てくる
籠王宮の宮殿跡を社地として祀られています。
わが国の国始めの基礎を不動のものとしたこの大女王
の神名の上に天石門別と延喜式で記されています。
はるか太古、神々の物語時代(高天ヶ原時代)から
天石門の外界に現れたの意味で、この神より後人皇の
歴史となっていきます。倭国天皇の皇統に君臨するのが
日靈命、豊日靈命であることが歴然としています。
 
 だそうです
 「靈」という字は 原文ではこの下に「女」が
 ついているのですが 探しても見つけられませんでした
 「」という字もあります
 靈とを足して2で割ったような字です
 日靈命は オオヒルメ(天照大神)の事でしょうか
 豊日靈命は 不明です
 調べているときに 蘇我系には「豊」が付くとか
  書いてありました
 「豊日」は大伴系につくとか
 結局わかりませんでした

 狛犬さんの詳細については不明です

土曜日, 6月 25, 2011

狛犬さん 1084

2011.04.26 徳島県徳島市眉山町大滝山 春日神社内境内社
 若宮社と秋葉社のお社の
  すぐ前にいた狛犬さんたちです
 台座には 明治二巳(1869)
       五月吉日
   と刻まれていました

金曜日, 6月 24, 2011

狛犬さん 1083

2011.04.26 徳島県徳島市眉山町大滝山 春日神社境内社
 本殿の右手にお社が二つあります
 秋葉社と若宮社です
 秋葉社の御祭神は 大己貴命
 若宮社の御祭神は 天忍雲根命

 大己貴命は大国主命の事だそうです
 また若宮社は 春日大社の御祭神 
   武甕槌命の孫にあたる神様のようです
 
 二つのお社の手前にいた狛犬さんたちです
 台座には 昭和三十四年(1959)十二月吉日
   と刻まれていました


  

木曜日, 6月 23, 2011

狛犬さん 1082

2011.04.26 徳島県徳島市眉山町大滝山 春日神社
 境内の由緒書きによりますと
 
春日神社御由緒
  御祭神 武甕槌命
斎主命
      天児屋根命
      比賣命
  御由緒
   眉山の麓、大滝山に鎮り坐す春日神社は
   奈良に坐す春日大社の御分社であり、
   御祭神も同じ四柱の神々である。
   慶長年間藩祖蜂須賀家政公が渭の津に
   築城の際名西郡入田の里より神霊を奉遷・
   鎮祭し奉ってより徳島城下の総氏神として
   歴代藩主を始め上下の崇敬篤く明治初年
   (1868)県社に列せられた。
   当時の社殿を始め主要建築物は、昭和二十年
   (1945)の戦災の為殆ど灰燼に帰したが、
   其後本殿は二十六年(1951)十月に、
   拝殿は三十四年(1959)十月に
   手水舎は六十三年(1988)十月にそれぞれ
   再建され今日に至ったものである。

 狛犬さんの台座には 明和六己丑(1769)
           正月吉日
     石工  大阪炭屋町
          五兵?
   と刻まれていました

土曜日, 6月 11, 2011

狛犬さん 1081

2011.04.26 徳島県徳島市通町 事代主神社
 御祭神は 事代主命 大國主命
 明治以前は 名東郡下八万村(現徳島市八万町夷山)の
 円福寺に鎮座していたそうです
 
 明治2年に神仏分離令により 当時の官憲首脳
 大参事井上高格が 現在の通町繁栄の為に
 遷座勧請したそうです 
 その時 官命により事代主神社と改称したそうです

 現在の社殿は昭和四十二年十月に
 鉄筋コンクリート造りで造られたものです
 
 狛犬さんの詳細は不明です

 
 

火曜日, 6月 07, 2011

狛犬さん 1080

2011.04.26 徳島県徳島市西大工町 三島神社
 正面参道では無くて 別に横に降りて行く道がありました
 そこに居た狛犬さんたちです
 
 台座には
  安永四(1775)未歳 九月吉祥日
    と刻まれていました















 階段を下まで降りて行くと
 こんな建造物?が ありました
 他にもあったのですが 全てセメント造りです


 

月曜日, 6月 06, 2011

狛犬さん 1079

2011.04.26 徳島県徳島市西大工町 三島神社梅宮神社
 京都府に梅宮大社がありますが
 そこから勧請されたのでしょうか
 梅宮大社は 初めて酒を作って神々に献じた
 酒造の祖神である酒解神(サカトケノカミ 大山祇神)
 およびその御子神である酒解子神
   (サカトケゴノカミ 木花咲耶姫命)を
  祀っています
 大山祇神は 三島大社の御祭神と同じ神様ですよね
   何か関係があるのでしょうか

 狛犬さんたちについては詳細不明です


 

日曜日, 6月 05, 2011

狛犬さん 1078

2011.04.26 徳島県徳島市西大工町 三島神社天目一神社
 御祭神は 天目一箇神
 この神様は 鍛冶・製鉄の神様ですね
 目一箇(マヒトツ)とは片目の事です
 鍛冶が鉄の色で その温度をみるのに
片目をつぶっていたことからとか
 またはその鉄の高温で 片目を失明する
 鍛冶の職業病があったことからとされているそうです

 鳥居をくぐるとお社が二つ並んでいます
 鳥居正面が 天目一神社ですが
 右側の御祭神不詳のお宮さんの前に居た
  狛犬さんたちです
 前足は牡丹の花に乗せています

土曜日, 6月 04, 2011

狛犬さん 1077

2011.04.26 徳島県徳島市西大工町 三島神社
 御祭神は 愛媛県今治市の大三島神社から
 勧請された 大山祇神だそうです

 鎌倉時代から室町時代にかけて 当神社周辺は
 奈良県春日大社の荘園(富田庄)で
 この荘園の地頭に任命された伊予国の武士
 河野通久が、自ら信仰していた大山祇神社(三島大明神)を
 徳島でも祭ったのが始まりとされるそうです

 鳥居をくぐり 階段を十数段上がった所にいた
   狛犬さんたちです
 狛犬さんのすぐ後ろにこんな説明板がありました
 
徳島市指定有形文化財
  三島神社の狛犬
    鎌倉時代承久三年(一、二二一)
   伊予の河野通久が富田庄の地頭に任じられたとき、
   伊予の大三島神社の神霊を建立した。そのとき
   狛犬を造立せられたものと伝えられている。
   材質は砂岩で出来ており全長一メートル、
   製作当時は優美な彫刻であった事が
   うかがわれる。
         徳島市教育委員会
  
新町の文化財
    長さ  100.6cm
    高さ   85.5cm
    頭髪  15の線あり
   河野通久が富田庄の地頭に任じられたとき
  伊予の大三島神社の神霊を迎え建立した。
  狛犬はその当時のものと伝えられる。
  前足を折り頭を下げ後足を立ててまさに
  搏撃せんとする勇猛な形想である。
  明治二十八年(1885)四月二十七日
  重要歴史文化財に指定された。
   昭和四十六年(1971)十月一日
    新 町 公 民 館
    新町文化財保勝会
   
   だそうです

 承久三年生まれだとすると 
  もうすぐ800歳になるのですね