月曜日, 8月 17, 2009

狛犬さん 782

2009.07.19 香川県高松市多賀町 多賀神社
 境内の案内板によりますと
 
多賀神社の由来
  当、多賀神社は、天正三年(一五七五年)四月十二日
  豊臣秀吉の重臣、仙石権兵衛秀久が、
  近江の国(現在の滋賀県)の多賀神社の御霊をお迎えし
  この地に、お祀りしたものです
  それ以来、四百年あまりにわたって、
  地域の氏神様として、人々に愛されてきました
  お祀りしている神様は、伊邪那岐命、伊邪那美命の
  二柱で、昔から、長生きの神様として、
  信仰を集めています
  お祭りは、七月の夏の例大祭と
  十二月暮の庭燎祭(みかん焼き)です

 狛犬さんは 新しいようです

 徳島県でよく見られる「社日」の石碑です
 高松にあるとは知りませんでした

日曜日, 8月 16, 2009

狛犬さん 781

2009.07.19 香川県高松市 多賀神社
 キンピカの狛犬さんかと思ったら 唐獅子でした
 大切そうに ケースに入っていました 
  まさか 純金の獅子さんたちでしょうか

土曜日, 8月 15, 2009

狛犬さん 780

2009.07.19 香川県高松市城東町 惠美須神社
 境内の石碑によりますと
 
當社は国家肇造の功神 事代主命大己貴命
  及市杵嶋姫命を祀る 自往古篦原郷八輪島に鎮座
  天正十六年秋生駒弘憲公高松城を築かん為
  東方に奉遷 今の井口町 天和二年(1682)
  源英公豊麗崇高なる神像を奉納 
  藩主歴代崇敬篤く享和の初め東濱に
  新地を築き神域を定め宮殿を營み
  同三年(1683)二月廾日遷座
  政所木村善兵衛竝灘波助六等關與之有力
  明治三年(1870)惠美須社を東濱神社と改稱す
  霊験常に顕著にして春礿秋嘗者雲集す
  今次----に際し???赫奕遠近其徳を仰ぐ
  茲に社碑を建て紀元二千六百年を??
  神恩を謝し 天業翼賛を誓ひ奉る

 ---のところは 文字が削られていました
 ?は 下草の影になっていて読み取れませんでした
 狛犬さんの台座には
  御再建 昭和五十一年(1976)十一月十日建之
    石匠 新田武雄 と刻まれていました

金曜日, 8月 14, 2009

狛犬さん 779

2009.07.19 香川県高松市栗林町 神木神社
 詳しくは分からないのですが 
 御祭神は 稚産霊神 豊受姫神
 石清尾八幡神社境外末社で
  寛政二年(1790)の古地図に「若宮」とあり
 と書かれているそうです
 境内の灯篭の年代が 
  天明六(1786)丙歳午三月十日と
 刻まれていたので かなり古いお宮さんですね
 狛犬さんの台座には 
   昭和十八年(1943)三月吉日 
     石工 小山源之助
  と刻まれていました

木曜日, 8月 13, 2009

狛犬さん 778

2009.07.19 香川県高松市栗林町 諏訪神社
 境内の石碑によりますと
 
諏訪神社の記
  玉藻の浦ゆ 紫雲に高く 松の緑の三つもも年の
  長き栄えを拓きて今に 町はらからの幸匂う
  藩の守りの諏訪大神は 頼重公の命かしこみ
  高橋與左衛門のまつらいて 城のたつみに
  神鎮まりぬ この国人の安らけく 仰ぐ心に
  恵みも深く ゆかりの社を移してここに
  伝える文に
   祭神 建御名方神 大物主神 崇徳天皇
   社記 奉勧請諏訪大明神政頼明神根津明神神武運長
      久祈處享保十四己酉歳四月始勧請於上邑妙
      見安置之境内高橋與左衛門宝暦九己卯夏六
      月移干今之地鷹匠中
   遷座 明治十二年三月栗林千五百二十一番地
   改築 大正十五年五月
  とことあれ とわにあまねき氏人の 願いに代りて
  こたみ遷し祠る新殿のことの由を誌し奉る
    新築 遷座 昭和三十六年四月

 狛犬さんは 新築した昭和三十六年の時
  奉納されたのかもしれませんね

水曜日, 8月 12, 2009

狛犬さん 777

2009.07.19 香川県高松市亀岡町 道祖神社
 看板によりますと
 
道祖神社の由来
  道祖神社は猿田彦を御祭神と戴き
  寛文六年(一六六六)十一月十一日
  松平初代藩主、松平頼重公によって
  高松市の総氏神様である石清尾八幡宮の
  境外末社として創祀されました
  道ひらきの神様であられる猿田彦命を
  御祭神に戴きましたのは、江戸までの
  参勤交代の道中のつつがない平安を
  祈願される為でありました
  猿田彦命は天孫を天八衢にお迎えし
  道ひらきをされ、伊勢に至って
  国土を拓された地主の大神と
  古文書に記されて居ります
  大神はすべての物の初めに災害を
  祓い清め全てを善い方へ導き給うとされ
  特に旅の安全、地鎮祭、建築、開業、商工の繁栄
  豊産、豊魚、開運を司られて居られます
  当時の社殿は昭和二十年七月四日
  高松市の空襲によりことごとく焼失致しましたが
  今年創祀三百三十年の記念すべき歳を迎えるに当たり
  昨今の交通事故の多発を憂い
  大神の御被護を祈って
  新しく御社殿を改築申し上げた次第であります
    平成八年十一月十一日
        石清尾八幡宮

 777回記念にふさわしい狛犬さんでしょう
 彫刻家 大島克文さんの作だそうです

火曜日, 8月 11, 2009

狛犬さん 776

2009.07.19 香川県高松市観光通 琴平神社
 松山市でよく見かけた 
  大玉ころがしを楽しむ狛犬さんです
 台座に 石工 ??粂冶 と刻まれていました

月曜日, 8月 10, 2009

狛犬さん 775

2009.07.19 香川県高松市塩上町 八坂神社
 私も少し歩き疲れたころあった狛犬さんです
 阿形の法の狛犬さんもお疲れなのか 
 少し隣の家の方に倒れ掛かっています
 台座には 再建 昭和三十一年(1956)?月吉日
     と刻まれていました

日曜日, 8月 09, 2009

狛犬さん 774

2009・07・19 香川県高松市井口町 金刀比羅神社
 彫刻の隙間から 中を覗くと 狛犬さんたちがいました
 吽形は前足が無くなっているようですし
 阿形は 顔が欠けてしまっています
 今でも本殿の左右におかれ お宮さんを御守りしています

金曜日, 8月 07, 2009

狛犬さん 773

2009・07・19 香川県高松市井口町 金刀比羅神社
 小さなお宮さんでした
 通りかかった近所の方のお話によると
 「長いことすぐそばに住んですけど
   お参りしている人見たことない」なんて・・・
 規模は小さなお宮さんですが 建物の彫刻が見事だったんです
 しめ縄も新しくなっていて 
 参拝する方は見かけなくても お世話はされているようでした

木曜日, 8月 06, 2009

狛犬さん 772

2009.06.14 愛媛県伊予郡松前町浜 住吉神社
 境内の説明板によりますと
 
住吉神社
  主祭神 和田積神 素戔鳴神
  境内末社(金刀比羅神社) 大己貴命
   「和田積神」は『古事記』『日本書紀』によると
   天地創造の神。伊弉諾神が海底・海中・海面で
   「身楔(みぞぎ)」された時に出現した
   「海(わた)」を主宰する住吉の大神
   (底筒男命・中筒男命・上筒男命)である。
   第一四代仲哀天皇の九年 神功皇后(?~二六九)の
   御乗船と守護して神威を顕し、皇后は
   その夢告により 九本の藤の枝を流して
   漂着地を住吉の大神の奉齋地としたといわれ
   当地がその一とされている
    慶長年間(一五九六~一六一五)改めて
   大阪の住吉神社を勧請。明治四三年一月
   信徒相寄り神殿を寄進して 篤く奉齋した
   本殿は総本宮と同じく切妻造り
   「妻」を正面にした住吉造りである
    素戔鳴神は 「建速須佐之男神」とも
   申し上げ 伊弉諾神が左右の御目を
   「身楔」されて天照大神・月読神が出現し
   ついで御鼻を「身楔」された時に出現した
   神で 出雲国に降下し 国土開発 農耕指導
   平和 正直 清浄の人文神であると共に
   それらを破壊する自然神でもあり
   「お須賀様」と畏敬奉齋されてきた。
    境内末社御祭神の「大己貴命」は
   素戔鳴神の御子または 六世の御子孫ともいわれ
   「大物主神」「大国主神」「顕国玉神」
   「葺原醜男神」「八千戈神」「大穴牟遅神」とも
   申し上げ「少彦名命」と共に 天下を巡遊して
   国土開拓 農耕指導 温泉開発 医療 禁厭の法を
   制定され 「出雲の神様」「大黒様」と親しまれ
   尊崇されてきた神である
    住吉神社は 往古より海上の安全守護の神として
   漁民を護り 豊漁を授け 沃上の開発と
   療養健康保持 家内安全幸福を護る神として
   尊崇奉齋されてきた 宝物に具足一具 奉納獅子舞の
   獅子頭は 明治六年製作の物 近辺で
   最も古く秀作である
    境内の「寄附芳名碑」は 松前商人が
   砥部焼全量を「からつ船」で販売したことへの
   感謝をこめ 砥部窯元全員が 寄進した芳名録である
           松前町教育委員会

     だそうです
 阿形の頭に小さな角が見えます

水曜日, 8月 05, 2009

狛犬さん 771

2009.06.14 愛媛県伊予郡松前町西古泉 玉生八幡神社
 参道の途中に居た狛犬さんです
 詳細については分かりませんが
 吽形の頭には角があるタイプです
 どちらもいい顔 してますよね

 手水舎に居た亀さんたちです
 ただ「亀」と云うより 「玄武」という方がいいですね

火曜日, 8月 04, 2009

狛犬さん 770

2009.06.14 愛媛県伊予郡松前町西古泉 玉生八幡神社
 説明板によりますと
 
玉生八幡大神社
  主祭神 誉田別命(大一五代応神天皇)
  配神 三女神 市杵嶋姫命 田心姫命 瑞津姫命
     足仲彦命(第一四代仲哀天皇)
     気長足姫命(神功皇后)
     玉生石神
  仲哀天皇の九年(二〇〇)ころ 神功皇后が
  三韓におもむかれる時、当地を逍遥して、
  湧き出でる清泉に戦勝を占い、布が濃紺に染まる
  吉兆にちなんでこの地を「濃染の里」と命名した
  帰途、また船をとどめられ、天神の神託によって
久斯美玉を玉生杯(?)にまつったが、後世、郡司が
  ここに社殿を造営して久斯美玉宮と称して崇拝した
  文武天皇の慶雲四(七〇七)年六月十七日
  伊予の豪族小千玉興、玉純が厳島神社より三女神を
  勧請して久斯美玉宮に合祀し 日女宮と称した
  古事記、日本書紀によると 三女神は 天照大神が
  素戔鳴と八坂瓊の曲玉に誓ってうまれた神で
  海の神となっている 海上交通が盛んで航海安全の
  祈願が行われたのであろう
  清和天皇の貞観元(八五九)年の宇佐八幡宮の神霊を勧請し
  うれしくも 松の梢に 立ち寄りて
        久しくここに 民を守らん
  との御神詠により 日之宮に合祀して、玉生八幡大神宮と
  改め、後、玉生八幡大神社と改称した
  境内神社の玉生古宮は、誉田別命をまつるが
  一二世紀から一六世紀にかけて約四〇〇年間
  昌農内玉生にあった石清水八幡東宝塔院領荘園
  「玉生荘」に勧請していた古社である
  玉生八幡は 加藤嘉明の崇敬篤く、嘉明の松前城より
  松山城への移転は、玉生八幡の御託宣の夢占いに
  よるものともいわれている
  もとは、南面していたが、このころ西向きに改修されたという
  以来、産土大神として地域の尊崇がきわめて篤い。
      松前町教育委員会

 ここ松前町では小さなお宮さんでも 教育委員会の
  説明板が設置されているのが 良いですね
 狛犬さんの台座には 明治廿五年(1892)壬辰一月
   と刻まれていました
 石工さんの名前もありましたが 読み取れませんでした

月曜日, 8月 03, 2009

狛犬さん 769

2009.06.14 愛媛県伊予郡松前町 永田鎮守神社
 説明板によりますと
 
鎮守神社
  主祭神 猿田彦神(八衢之神)
  配神  菅原道真公 金刀比羅神 若宮神
      素盞鳴命 稲荷神 大松神(末社)
  由緒・沿革 鎮守神社は藩政時代に「大下」から
   「樋ノ口」に遷宮した(文化八年頃、チンヂンサン)。
   続いて明治末期 現在地の「岩鋪天満宮」に
   主祭神として合祀された。それまで永田には
   二つの神社があった。
   慶長年間に勧請された疫病を鎮める祇園社は
   鎮守神社に合祀されたのだろうが 神社名の変更はなく
   従来のままだった
   鎮守神社は 中世にあったと言われる
   「長蓮寺」の守護神とも考えられる。根拠は
   「金突、油田」などがホノギとして残っている
   岩鋪天満宮は 正和二年(一三一三)、松前の漁師が
   神のお告げによって 南東の原(現在地)に
   鎮祭したといわれている
       松前町教育委員会

 地名の「松前」は「まさき」
 神名の「八衢」は「やちまた」と読みます
 「チンヂンサン」は「チンジュサン」は訛ったもののようです
 一番謎だったのは「ホノギ」
   分かりやすく言えば「小字」?でしょうか

 リンク先の20ページに詳しく載っております

 狛犬さんは 尻尾をピンと立て 凛々しい姿です

日曜日, 8月 02, 2009

狛犬さん 768

2009.06.07 高知県高知市幸町 小津神社
 此のお宮さんは 地球物理学者・随筆家で有名な
 寺田寅彦の氏神さまだったそうです
 青年時代 病気平癒の願を掛け 石灯籠・石橋を奉納したそうです
 狛犬さんの詳細は分かりませんが
 赤と黒の前垂れに 鈴のペンダント
  なかなかおしゃれな狛犬さんですね

土曜日, 8月 01, 2009

狛犬さん 767

2009.06.07 高知県高知市幸町 小津神社
 御祭神は 須佐之男命 大綿津見命
 狛犬さんの台座には 明治三五年(1902)十一月吉日
     と刻まれていました
 片方は お座りしていて 
   もう片方は 今にも飛びかからんとしている
 デザインが阿吽で違うのは ちょっと珍しいですね 

金曜日, 7月 31, 2009

狛犬さん 766

2009.06.06 高知県高知市宝永町 多賀神社
 塀の中に居た狛犬さんです
 吽形のみで 阿形は居ませんでした

木曜日, 7月 30, 2009

狛犬さん 765

2009.06.06 高知県高知市宝永町 多賀神社
 由緒書などはありませんでしたが
 多賀神社は 滋賀県にある多賀大社から分霊されたものでしょう
 御祭神は 伊邪那岐命 伊邪那美命 ですね
 拝殿も御本殿も最近作り直したようで
 狛犬さんもその時新しくなったのでしょうね

水曜日, 7月 29, 2009

狛犬さん 764

2009.06.06 高知県高知市宝永町 畝立樹下神社
 何かいわく有り気な お宮さんの名前ですが
 由緒などは分かりません
 狛犬さんの台座には 昭和二年(1927)十一月吉日
    石工?????? 長崎
             陸雄作
   と刻まれていました
 石工の後の文字は 何と書いてあるのか判読不可能でした

月曜日, 7月 27, 2009

狛犬さん 763

2009.06.05 高知県高知市はりまや町 八坂神社
 町の片隅にひっそりと建っているという言葉が
 ぴったりとくる 小さなお宮さんです
 狛犬さんの詳細は分かりませんが ある程度の時の流れを感じます

日曜日, 7月 26, 2009

狛犬さん 762

2009.06.05 高知県高知市天神町 潮江天満宮
 四対のうちの最後の狛犬さんです
 阿形と思われるほうは 可哀そうに顔が欠けています
 どちらの狛犬さんにも 子供がいるのですが わかりますか
 吽形の方は 尻尾の上 阿形の方は手前で親の顔を見上げています
 狛犬さん本体に 文化十年(1813)酉三月 御供
 もう一方には 上?屋 石工 治助
              弟子
            細工人 従次郎(?)
        本材木町八丁目
    と 刻まれていました

 子供たちです

狛犬さん 761

2009.06.05 高知県高知市天神町 潮江天満宮
 阿形の方は 緑の中に埋もれ 見落とすところでした
 吽形の方は 片足を岩に懸け きりっと前を見据えていますが
 阿形の方は まるでまどろんでいるように見えます
 残念ながら 製作年代等は分かりませんでした 

 楼門の彫刻の狛犬さんです
 この楼門は 高知市指定有形文化財だそうです
 高知市のHPの解説によりますと
 
解説
 三間一戸[さんげんいっこ]楼門 入母屋造 銅板葺 1887(明治20)年
 桁行10m近い三間一戸の楼門で、中央間を脇間の2倍にとり、
 梁間[はりま]の柱間は脇間と同じである。扉はない。
 上階は平面を下階より小さくし、桁行正面を三間、
 同背面を六間とする特殊な形式をとる。
 四手先の腰組と三手先の軒組ともに詰組とし、
 下階中央の頭貫下の持送材や内法貫[うちのりぬき]上の小壁に彫刻をほどこし、
 上階正面中央軒下に巨大な鳳凰の彫刻を飾り、
 脇間には盲菱格子を設けて、内部に楼門より古いとみられる随身像を安置する。
 外観は極めて華やかである。軒の出の深い屋根の姿はよいが、
 上階のたちが高いためやや鈍重な感じがする。

土曜日, 7月 25, 2009

狛犬さん 760

2009.06.05 高知県高知市天神町 潮江天満宮
 このデザインの狛犬さんを 高知狛と名付けました
 正面から見ると 顔の幅がないんですね
 その為 見る角度によって 顔が欠けているように見えます
 このデザインは ここ高知で初めて見たのです 
 台座には 昭和五十四年(1979)九月建之
   と刻まれていました

金曜日, 7月 24, 2009

狛犬さん 759

2009.06.05 高知県高知市天神町 潮江天満宮
 長い参道の先に 立派な楼門がありました
 その前に 四対の狛犬さんが並んでいました
 その一番手前にいた狛犬さん 親子連れです
 吽形の子供は 親の足の間から 恐る恐る外を覗いてます
 阿形の子供は 飛び出して行きそうになるのを
  親が 前足で押さえています
 台座には 大正十四年(1925)五月吉日 と刻まれていました

狛犬さん 758

2009.06.05 高知県高知市天神町 潮江天満宮
 少し小ぶりな狛犬さんですが 迫力は充分です
 台座には 明治十二年(1879)卯九月吉日
    と刻まれていました

 狛犬さん 揃い踏み

木曜日, 7月 23, 2009

狛犬さん 757

2009.06.05 高知県高知市天神町 潮江天満宮
 此のお宮さんには 長い参道に 六つか七つ鳥居が並んでいました
 確か四つ目の鳥居のそばにいた狛犬さんです
 台座には 文久三(1863)癸亥歳九月吉辰
      塚地村
       石工頭  彌蔵
       同?石工 長次 儀之助 駒之助
    と刻まれていました
      

水曜日, 7月 22, 2009

狛犬さん 756

2009.06.05 高知県高知市天神町 潮江天満宮
 説明板によりますと
 
天満宮(通称潮江天満宮)
  御祭神 菅原道真公
      高視朝臣
      北の方
       相殿神
      天穂日命
      大海津見命

 
潮江天満宮の由来
   平安時代の名臣として、卓越した才幹と広大無辺の聖徳を
  兼ね備えられた菅原道真公(八四五~九〇三)を主祭神とする
   公は学者より身を起こし、昌泰二年(八九九)には
  右大臣に進まれたが、識見信望共に抜群であることを
  よく思わない左大臣藤原時平のざん言で
  延喜元年(九〇一)に大宰府に左遷された
   長男高視朝臣も同時に土佐に流された
  公は延喜三年(九〇三)に薨去されたが その後、
  侍臣白大夫は遺品(恩賜の御衣・剣・観音像)を
  高視朝臣に渡すべく延喜五年(九〇五)に
  長岡郡大津村舟戸(今の高知市大津)の
  霊松山雲門寺に辿り着いたが、高視と面会する事無く
  同地で没した
   後、遺品を受けた高視が、竜神の祠に収め
  霊璽として祀ったのが縁起である。

 狛犬さんの台座には 明治十九年(1886)九月吉辰
     と刻まれていました
  石工さんの名前もありましたが 読めませんでした

火曜日, 7月 21, 2009

狛犬さん 755

2009.06.05 高知県高知市鷹匠町 山内神社
 説明板によりますと
 
山内神社社殿
  山内神社は、三代忠豊から十四代豊惇までの
  歴代藩主を祀るため、明治四年(一八七一)三月、
  最後の藩主十六代豊範によって創建されました。
  その後昭和九年(一九三四)、十五代藩主豊信(容堂)と
  十六代豊範を祀る別格官幣社として新社殿が造成されます
  (この時歴代藩主は一豊夫妻・忠義を祀る藤並神社に遷されました)が、
  第二次大戦で焼失してしまいます。現在建つこの社殿は、
  昭和四十五年に再建されたものです。祭神も
  容堂・豊範に加えて、藤並神社に祀られていた
  藩祖一豊・見性院夫妻をはじめ、十四代までの歴代藩主も
  合祀されました。
  信長に滅ぼされ、父・兄を失った一豊が、縁者のもとを
  転々としていた若かりし頃に、腰にしていた「よの山の太刀」が
  御神体として納められています

 狛犬さんの台座には 昭和五十四年(1979)十一月
        と刻まれていました
 口・耳・鼻の穴等を 赤く縁取り 個性的な狛犬さんになっています

 藤並神社の現在です
 思わず見落とすところでした

月曜日, 7月 20, 2009

狛犬さん 754

2009.06.05 高知県高知市はりまや町 釣船神社
 説明板によりますと
  
釣船神社(きすご様) 拝殿中央のお社
  御祭神 釣船大神
  御由緒 昔 御畳瀬浦の船が釣をしていると
   きすごの漁が多く その中に 御神体が上がり
   釣船大神としてお祭りした処 忽ち御神威を
   発揚され 古来熱病退散の霊験灼かであり
   熱切の神様と信仰せられています

 「きすご」とは キス(鱚)のことです
 拝殿内には キスの絵のついた絵馬や 絵がたくさん奉納されていました

日曜日, 7月 19, 2009

狛犬さん 753

2009.06.05 高知県高知市はりまや町 神明宮
 此のお宮さんは 裏側から入り 正面に抜けていくことに
 なったのですが 正面鳥居傍にこんな素敵な狛犬さんが 
  待っていました
 台座に 昭和六年(1931)と刻まれているのだけは確認できました

 吽形の後ろ足の下に 子供が隠れています
 阿形は口の中に 球を咥えています

土曜日, 7月 18, 2009

狛犬さん 752

2009.06.05 高知県高知市はりまや町 神明宮
 本殿の前にいた狛犬さんです
 阿形のほうを見るとわかっていただけると思いますが
 見る角度によっては 顔の反対側が 欠けているように見えるんです
 新しい狛犬さんですが 個性的です

金曜日, 7月 17, 2009

狛犬さん 751

2009.06.05 高知県高知市はりまや町 神明宮
 高知八幡宮の道路を挟んだ向かい側にあったお宮さんです
 石碑によりますと
 
旧郷社小津神社御旅所
  神明宮御社殿竣工記念
 一 御祭神 天照大神 豊受大神
 一 由緒 高知市帯屋町の高知大神宮は
   県下惣鎮守である この大神宮が明治十二年(1879)創立される迄は
   古来高知城下郭外各町の惣鎮守であった
   寛永八年(1631)加藤六兵衛勧請す 以来三十八年間祭典無之
   寛文九年より祭典執行 享保十六年(1731)社殿炎上
   公儀により同十九年(1734)宮作の事 
    延享元年(1744)寛延元年(1748)
   本殿舞殿拝殿再興 祭礼には北町御神幸仰付けらるも
   天保九年(1838)旧城東城西の各町神輿御神幸を許さる
   昭和廿年(1945)戦災全焼 昭和廿五年(1950)仮殿建立
   此度社殿改築竣工 昭和五十四年(1979)十一月十二日秋祭建立

 狛犬さんの吽形の足の下には 子犬さんが踏みつけられています
 阿形の右足は 岩のようなものに乗せた形です 
 台座には 昭和七年(1932)一月吉日  と刻まれていました

木曜日, 7月 16, 2009

狛犬さん 750

2009.06.05 高知県高知市はりまや町 高知八幡宮内惠美須神社
 御本殿の前の額に 山田町 惠美須神社と書かれていました
 説明板によりますと
  
惠美須神社
   祭神 事代主神
    高知城下七蛭子の一にて 山田町に鎮座の処、
    八幡宮境内社として遷座した
    福運授与、商業繁栄の守護神

 狛犬さんの台座には 昭和三十一年(1956)一月吉日
    と刻まれていました

水曜日, 7月 15, 2009

狛犬さん 749

2009.06.05 高知県高知市はりまや町 高知八幡宮
 正面の入口にいた狛犬さんです
 狛犬さんの前に 看板やら何やら沢山あったので
  とても撮りにくくなっていました
 台座には 明治丗四年(1901)丑五月穀旦  と刻まれていました

火曜日, 7月 14, 2009

狛犬さん 748

2009.06.05 高知県高知市はりまや町 高知八幡宮
 JR高知駅の近くにあったお宮さんです
 狛犬さんの台座には 平成二年(1990)九月吉日と刻まれていました

月曜日, 7月 13, 2009

狛犬さん 747

2009.06.05 高知県高知市はりまや町 恵比須神社
 この辺りは 旧 朝倉町(あさくらまち)と呼ばれていたそうです
 立札によりますと
  
七町とよばれる古町の一つ。城下町がつくられたとき、
  土佐郡朝倉村の市町を移したことに由来する町名。
  北の浦戸町との間の納屋堀新設工事の代償として
  他国商品や干魚の専売特権を得て、富商美濃屋をはじめ
  多くの商人が住んでいた。美濃屋の武藤致和、平道親子は、
  土佐の地理・歴史の大著「南路志」をまとめた

                 そうです

 狛犬さんの台座には 大正十二年(1923)一月吉日
           石工 弘竹工場(工ではなくてユ?)
 阿形は 口に球を咥えています

土曜日, 7月 11, 2009

狛犬さん 746

2009.05.23 愛媛県伊予市米湊(こみなと) 湊神社
 狛犬さんの台座に  明治廿二年(1889)
           己丑三月吉辰 
           石工 松前 中田弥二(?)郎
    と刻まれていました

金曜日, 7月 10, 2009

狛犬さん 745

2009.05.23 愛媛県伊予市稲荷 伊豫稲荷神社
 この狛犬さんも本殿の中にいました
 どちらもしゃっちょこ立ちです
 木彫のように見えます

木曜日, 7月 09, 2009

狛犬さん 744

2009.05.23 愛媛県伊予市稲荷 伊豫稲荷神社
 御本殿の前にいた狛犬さんです
 周りの塀の間から 撮りました
  こんな失礼なことをし続けていると 罰が当たるかも知れません

 後ろ向き狛犬さんの正面です

 こちらは狐さんだと思います
 やはり御本殿の前にいました
 ちょっと古そうに思えたのですが 細かなことはわかりません

水曜日, 7月 08, 2009

狛犬さん 743

2009.05.23 愛媛県伊予市稲荷 伊豫稲荷神社内海津見神社
 素材は何でしょう
  瓦のように見えたのですが
 口の部分が壊れていますが 阿形の狛犬さんですね
 吽形の狛犬さんは 足の先だけが残っていました
 狛犬さんの頭には 穴が開いていたのですが 
 これは 角が付いて居た後かもしれませんね

 悲しくなるほど 痛々しい姿です
 台座に 嘉永 酉歳  正(五?)月
 嘉永で酉歳は 嘉永二年(1849)でしょうか
  台座と狛犬さんの関係がわかりません
 狛犬さんもそれくらいの古さがあるように思いましたが

 ここだけでなく他の境内社にも 居たのですが
 誰が置いたのでしょう
  小さくても強そうなガードマンがいました

火曜日, 7月 07, 2009

狛犬さん 742

2009.05.23 愛媛県伊予市稲荷 伊豫稲荷神社
 鳥居をくぐると 立派な楼門があります
 その楼門の中にいた狛犬さんたちです
 
愛媛県指定建造物
         楼門
  造立 寛文二年(一六六二年)徳川家継の時代
  特徴 重層入母屋造りで本瓦葺となっている この建造物は
     全体の様式が和様と唐様をかね合わした折衷式と
     なっており 柱は円くてその下のはしが 算盤球の様になり 
     円い石の礎盤の上にたてられているし 江戸時代初期の
     建築に見られる 桜 唐草等のおもいおもいの写実浮彫が
     ほどこしてあるなど全体として 桃山風の感じが
     現れている 大工は伊予の名工といわれた余土の治部の作と
     伝えられている
   昭和四十五年三月
             稲 荷 神 社
             愛媛県教育委員会

 細かなことはわかりませんが 豪華で素晴らしい楼門です

 狛犬さんについては 何もわかりませんでした