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火曜日, 11月 30, 2010

狛犬さん 995

2010.11.06 神戸市灘区篠原北町 護国神社
祭神は 戦争で亡くなった 53000余柱の
犠牲者の方々です
しかし今では 毎月境内でバザールなどが催され
平和を享受しています

月曜日, 11月 29, 2010

狛犬さん 994

2010.11.06 神戸市灘区篠原北町 厳島神社
「福石」の前にも狛犬さんがいました
境内の説明板によりますと
福石
古老の申し傅へに云う其の昔
平成十三年より約八二〇年前
平清盛公 安徳天皇を奉じて
神戸福原に都を遷せしに東北
の方に怪光を発する岩在る夢
を見ること連夜の如し清盛公
不審を懐き家臣越中次郎兵衛
盛純を遣わして之を探るに此
岩なり 即ち清盛公 此の
霊地に豫て尊崇するところの
市杵嶋姫命を祀り 此の石を
福石と称す
篠原厳島神社
だそうです

台座に何か刻まれていましたが
読み取れませんでした














後ろから見た福石です

日曜日, 11月 28, 2010

狛犬さん 993

2010.11.06 神戸市灘区篠原北町 厳島神社
境内の由緒書によりますと
御祭神 市杵嶋姫命 素盞鳴命
天兒屋根命 菅原道真公
嚴島神社由緒
人皇三十二代用明天皇の御官士 菅美高根庄
右部之大臣家臣佐高菅巳之進 友成兄弟 嚴藤
大夫重則に従ひ天子藝洲嚴嶋神社へ御宣之有
帰宮の後此所に市杵嶋命奉安置勧請年暦不詳
又古老之申傳云 福原新都の節布引の瀧より
夜々光り物之有るを清盛公より仰越中次郎兵衛
盛純此を退治する所 白玉を頂きたる大龍なり
此の白玉を執て此所に安置し奉り市杵嶋姫命と
奉称し産土神と奉尊すと云ふ
御神徳
篠原地区の産土神で在ると共に海運交通の守神
学問芸術技術等の神と崇められる
だそうです

狛犬さんの台座には
昭和三十三年(1958)五月吉日
と刻まれていました

土曜日, 11月 27, 2010

狛犬さん 992

2010.11.06 神戸市灘区国玉通 河内国魂神社
兵庫県神社庁によりますと
主祭神 大己貴命
配祀神 少彦名命 菅原道真公
当社の創始は、伊勢神宮開社の頃(西暦前3年)であると
語り伝えられているが、正確な年号は判然としない。
しかし、『延喜式神祇部』に所載の神社として、
千数百年前既に由緒ある名社として尊崇されていたことが想像できる。

当社に祀られている御祭神の大己貴命は、
少彦名命と力をあわせ国土経営に当られ、
慈愛の心篤く福徳円満、医薬酒造の祖神、
また、七徳兼備を称えられ広く尊崇されているが、
一説には、摂津国造凡河内忌寸の祖を祀っていたのであろうといわれている。

延喜年間(901~)、菅原道貞公が筑紫の太宰府へ左遷の途次、
御影の浜に船を泊めたとき、菅公との別れを惜しみ
ひそかにこの地まで下向した師父尊意僧正(延暦寺第十三代座主)と
社頭において餞別の際、その応待が極めて慇懃丁寧なるを垣間見た村人達が、
菅公の没後、その勧学文墨の徳を慕って御霊を勧請合祀し、
俗に五毛天神と称せられるようになった。

当社は元、この地方の大氏神として厚く崇敬され、
昔は稗田・鍛冶屋・山田・篠原の四ケ村も氏子となっていたが、
現在は五毛・畑原・上野の旧三ケ村が氏子である。
だそうです

狛犬さんの台座には 
昭和七年(1932)五月吉日
と刻まれていました
吽形には 立派な角が見えています














 手洗所にこんな素敵な獅子がいました

日曜日, 4月 15, 2007

狛犬さん 194

2007.04.05 神戸市灘区 東明八幡神社
 八幡神社のご祭神は応神天皇
  応神天皇の母親が 神功皇后で息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと)と言う名前の方
 この神社は神功皇后が朝鮮半島に船出の際 武内宿彌大臣が その健勝を祈り
  松を植えたそうです。この松は“武内松”と呼ばれ
  江戸時代には幹周り5mの巨木になったそうですが 明治時代に枯れたそうです
  現在その一部を お社を作り その中に保存されています

 後年この地を訪れ 松の傍に祠を建て 応神天皇の偉徳をたたえ 神霊を勧請し
  遠目の郷(東明)の鎮守としたそうです

 狛犬さんは 昭和十五年二月と台座に刻まれています
 昭和十五年は “紀元二千六百年”にあたるとされ 昔は紀元節として祝ったそうです 

土曜日, 4月 14, 2007

狛犬さん 193

2007.04.05 神戸市灘区 船寺神社
 神功皇后が風雨を避けるため このあたりに停泊したそうです
  神功皇后とのつながりを示す神社が 神戸市内には他にもあります
 寛文八年(1668)四代将軍 徳川家綱が拝殿を寄進したそうですが
  昭和二十年 戦災により全焼したそうです
 今の社殿は 昭和四十一年に完成した コンクリート製です
 樹齢何百年かの楠を「岩楠社(楠霊命)」に祀ってあります
  もう枯れてしまって 大きな根っこしか残っていませんが 元気な時の姿見てみたかった!

 狛犬さんの彫り方が 雑と言うわけではないのでしょうが
  あまり細かなところまで彫っていない ちょっと変わった狛犬さんです

金曜日, 4月 13, 2007

狛犬さん 192

2007.04.05 神戸市灘区 若宮神社
 このお宮さんのあるところは  灘五郷の一つ「西郷」にあります
 阪神大震災の被害を受けたようで お社も狛犬さんも新しくなっています

 大震災以前は 古い酒蔵があり 趣もありましたが 
  酒蔵も新しくなり ただの工場街になってしまっています 

木曜日, 4月 12, 2007

狛犬さん 191

2007.04.05 神戸市灘区 猿田彦神社
 ご祭神はもちろん“猿田彦大神”
  この神様は天孫降臨の際 道案内をしたとされていますが
  他にも 土地の民俗信仰とも 結びついて「道祖神」としても崇められているそうです

 ここの狛犬さんも 新しいですね
  表情がいたずらっ子みたいで 可愛いお顔です

金曜日, 3月 16, 2007

狛犬さん 169

2006.12.17 神戸市灘区原田通 王子神社
 王子動物園の南側にあります
  入り口には 王子神社と刻まれた石碑が建っていますが
  横に 元原田神社とも書かれています

 台座には 奉祝御還宮 
      昭和八年十月吉日と刻まれています

木曜日, 3月 15, 2007

狛犬さん 121

2006.10.30 神戸市灘区大和町 徳井神社
 ここも阪神大震災の 被害を受け 大部分を震災後再建しています
  狛犬さんの台座には 嘉永四年辛亥辛九月建立の文字が見えますが
  狛犬さんは 震災後の新しいものです
 頭に角があるのが 狛犬さんで 無いのは唐獅子だそうですが
  ここの狛犬さんは 阿吽ともに 角が見えています

 このお宮さんは「箒の宮」とも呼ばれます
  ご祭神が 息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと)すなわち神功皇后で
  子授け・安産等のご利益があるそうです
  
  昔から産婦の陣痛が始まると社より荒神箒を借り受け 
     それで腹を撫で安産を祈念すると言う風習が あるそうです
  今でも安産祈祷の時 小箒を授けるそうです

狛犬さん 120

2006.10.29 神戸市灘区 六甲八幡神社
 ここは吽形に角があるタイプです
  台座には 天保十五年甲辰四月
           岸本鐡山書  と刻まれています
 
 このお宮さんで 会った方に面白い話を教えていただきました

 よく見ると 両方の狛犬さんの足に 糸が巻いてあるのが 見えるでしょうか?
 なぜ 巻いてあるか
  家の中で 暴れる人がいると それを封じるために 巻くそうです
  暴れるのが女の人なら 吽形に 男の人なら 阿形に
  ぴたりと 止むそうです
 写真をクリックすると 大きくなるので 確かめてみてください

 以前に載せた「長田神社」では こんな話があるんです
  狛犬さんの 足に巻いてある布(さらし)が巻かれているが
  これは 家出をした子供たちや蒸発した身内を持つ家族が
  手の届かないような遠くへ行ってしまわないように
  一日も早く帰ってくるように「足止め」のために 巻いていくそうです

 徳島県では 歯が痛むと 狛犬さんの歯を磨けば 痛みが治まるそうですよ

狛犬さん 119

2006・10・29 神戸市灘区神前町 春日神社
 ここも 震災を被ったため 鳥居などは 新しくなっています
  狛犬さんの土台には 大正四年十一月十日と 刻まれています

 小さなお宮さんですが 樹齢数百年と思しき楠が 数本あります
   
名木神前の楠
      春日社の
        千年楠の
            傾ける
      大き枝支う
          鉄枠ゆゆし
              仲郷三郎
       昭和三十四年六月
         第七回名木選定委員会
             神戸緑化協会
             神戸新聞社
    ご参詣を賜り有難うございます
    右記は名木選定の時いただいたものです
    尚樹齢等につきお問い合わせがありますが
    諸説がありあきらかではありません
         昭和六十二年九月吉日
            春日神社奉賛会
              会長 吉田清左衛門

  だそうです

火曜日, 3月 13, 2007

狛犬さん 94

2006.09.30 神戸市灘区 敏馬神社
 このお宮さんは 神功皇后の創建と伝えられています
  境内に「后の宮」があり 
  そこには「神功皇后祠」と書かれた室町時代の作といわれている
       石版がおかれています
 この神社のある辺りは 大和時代には海に突き出した岬になり
   東側は港に適した入り江だったそうです

 しかし今では 南側は埋め立てられ 海から遠く離れてしまいました
    その上 国道47号線が走り 神様も排気ガスで 喘息の発作が・・・・

 吽行の方は頭に小さな角が見られます
  足元に 大正三年十一月と刻まれています