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金曜日, 3月 08, 2013

狛犬さん 1247

2012.07.10 愛媛県西条市大町 楢本神社
 境内の説明板に依りますと
楢本神社のしるべ  御祭神  大国魂神外三柱
  由緒と沿革
    西条の名の発祥地、西條荘守護神として
    奈良朝以前創祀されたが詳細は天正の
    陣の兵火にかかり社殿と共に焼失し
    つまびらかならず
  社宝
    神宝貝正則作  短刀一振
    神宝蝮封じ石  二個
  境内坪数
    五百余坪
境内主要建造物
  関行男慰霊塔
    大東亜戦争末期 世界最初の公式の人間
    爆弾となりし神風特別攻撃隊敷島隊々長
    関行男中佐の慰霊碑を建立し 昭和五十
    年(1975)三月二十一日 元航空幕僚長・・・
    参議院議員により除幕
  真鍋嘉一郎誕生の家
    東大医学部に物理療法学の講座を開設
    し 初代教授となった奇代の大英才
    真鍋嘉一郎の生家を昭和五十三年(1978)八月に
    復元して記念館とす
  大東亜戦争特効記念館
    全国各地の同志の奉賛を得て 昭和五十四
    年(1979)十月二十五日に建設を終り 開館す
  神風特効第一號敷島隊
         五軍神祀碑建立
    第一番機 海軍中佐 関行男
       愛媛県西条市出身  行年二十三才
    第二番機 海軍少佐 中野磐雄
       福島県原町市出身  行年十九才
    第三番機 海軍少尉 谷暢夫
       京都府舞鶴市出身 行年二十才
    第四番機 海軍飛行兵曹長 長峰肇
       宮崎県宮崎市出身 行年十九才
    第五番機 海軍飛行兵曹長 大黒繁男
       愛媛県新居浜市出身 行年二十才
    昭和五十六年(1981)十月二十五日 全国の有志
    諸賢奉賛により五軍神達が各々搭乗の
    零戦に抱いて敵艦に突入の二五〇キロ
    爆弾と同型の祀碑を戦闘隊型に建立し
    十九才、二十才と云ふ若者達が国家の悠
    久繁栄を信じ大和民族の純血を守らんと
    せし心情を偲ぶ因(よすが)とせり

      日本が世界に誇る神風の
        祀碑竝び建つ 四国西条
だそうです

  狛犬さんの台座には
       元治元年(1864)
        十二月吉日
    と刻まれていました

水曜日, 3月 06, 2013

狛犬さん 1246

2012.07.10 愛媛県西条市大町 忠霊塔
 忠霊塔に関しては ここに詳しく載っています
 
 台座には
 
狛犬像 
   昭和43年12月忠霊塔建立に際し 
   設置された狛犬像はコンクリート造りのため、 
   永年の経過により風化が進み 
   原型が失われていたため、・・・・ 
     平成19年10月 西条地区遺族会  
だそうです

金曜日, 1月 25, 2013

狛犬さん 1228

2012.07.10 愛媛県西条市福武甲 加茂神社
  御祭神は 鴨別雷神 健角見命 玉依毘賣命
御由緒
     創立年代未詳 
    古くより福武村の氏神として尊崇され
    明治9年(1876)村社に列格
     創立年代不詳なれど「愛媛県新居郡誌」によれば
    当社は46代孝謙天皇の御代に勧請され
    安政3年(1856)に1100年祭を斎行した旨の
    記録がある
     大化の改新の条里制により 当地域は
    神野郡加茂郷と制定されたころから
    郡司賀茂氏の本拠地であった(加茂郷の中心は
    現福武地区)ため 京都かも神社から勧請し
    賀茂郷氏神として尊崇が厚かった
     また 鎮座地については当初 現在地より
    東の常福寺山中の大杉の辺にあり
    後に現在地に遷し 旧地には当社神主の館が
    あったと伝えられている
   
だそうです
  孝謙天皇の在位は749年 8月から758年9月です

 狛犬さんの台座には 明治 十五年(1882)
                午十二月
                     吉日
        と刻まれていました

  

火曜日, 8月 28, 2012

狛犬さん 1212

2012.07.10 愛媛県西条市中野甲 伊曾乃神社
  境内社の山王神社 厳島神社 妙見神社の
   前にいた狛犬さん達です
 台座には 文久二戌年(1862)
        九月吉日
 吽形の頭には 小さなふくらみがありました

















 境内の説明版に依りますと
  西条市名水・名木50選
   伊曾乃神社の社叢
    伊曾乃神社は天照大神・武國凝別命を
   祀っていて、古い歴史を持っています。
    社殿は昭和十五年に新しく建て替えられたもので
   総ひのきの神明造りです。
    神社の回りには、うっそうと茂った木々が
   あります。
    特に境内正面にある神木と呼ばれるくすは
   目通り周り約五、五メートル、高さ約三十メ
   -トル推定樹齢七百年の大木です
          平成三年三月選定 西条市
だそうです
 写真ではわかりにくいかもしれませんが
 本当に壮大な雰囲気を持っています


   

日曜日, 8月 26, 2012

狛犬さん 1211

2012.07.10 愛媛県西条市中野甲 伊曾乃神社
 10月に行われる例大祭は有名です
 始まりは江戸時代だそうで 約300年ほど続いているそうです
  奉納される だんじり・神輿は合わせて 81台あるそうです

 御本殿に入る門の前に居る狛犬さん達です
 台座には 昭和35年(1960)7月 五百蔵作
    と刻まれていました

金曜日, 8月 24, 2012

狛犬さん 1210

2012.07.10 愛媛県西条市中野甲 伊曾乃神社
 御祭神は 伊曾乃神
  天照大神の荒魂・武國凝別命 だそうです

 御由緒は
  第十二代景行天皇の皇子の
武國凝別命(たけくにこりわけのみこと)は
国土開発の大任をおび伊予の地に封ぜられ
皇祖天照皇大御神を奉斎し人々を愛撫し皇威を弘められました
命の御子孫は伊予三村別(みむらわけ)氏として
この地方にひろがり栄え 天照皇大神に始祖武國凝別命をあわせ祀りました
これが当社の創祀であります 奈良時代には伊予国第一の大社として
皇室の御崇敬もあつく 淳仁天皇の御代には新羅遠征に対する祈願がなされ
その後も南海道の海賊平定祈願等たびたびの奉幣祈願がなされました
称徳天皇の御代には神戸十烟を 更に翌年五烟を奉り従四位下に叙せられました
これはわが国における神位奉授の始めであります
延喜式内の名神大社であり その後正一位に極位致しました
崇徳天皇の御祈願と共に勅額を賜り その後も国司領主等による
社地神田の寄進及び社殿の建立等が続きました。
だそうです  

   伊勢鳥居をくぐると 長い参道が続きます
  御本殿近くの 〆柱の傍にいた狛犬さん達です
  台座には 嘉永二(1849)
           己酉
         四月吉日
  と刻まれていますが 狛犬さんはもっと新しく見えます
  台座にもう一つ刻まれているのが
     平成二年(1990)十一月
      十二日再建
     石工 東予市周布一色石材工業所
          でした


  

水曜日, 8月 22, 2012

狛犬さん 1210

2012.07.10 愛媛県西条市中野甲 伊曾乃神社
 奈良時代には 伊予国第一の社だったそうです
 御祭神は 天照大御神 武国凝別命(タケクニコリワケノミコト)
 武国凝別命の子孫は 東予一帯に広く栄え
 神社の氏人として氏神を支えて来たそうです

 十月十五・十六日に行われる 例大祭は有名です
 
由緒 第十二代景行天皇の皇子の武國凝別命は
    国土開発の大任をおび伊予の地に封ぜられ
    皇祖天照皇大御神を奉斎し人々を愛撫し皇威を弘めた
     命の御子孫は伊予三村別(みむらわけ)氏として
    この地方にひろがり栄え 天照皇大神に
   始祖武國凝別命をあわせ祀りました
   これが当社の創祀であります
    奈良時代には伊予国第一の大社として
   皇室の御崇敬もあつく 淳仁天皇の御代には
   新羅遠征に対する祈願がなされ 
   その後も南海道の海賊平定祈願等たびたびの
   奉幣祈願がなされた
   称徳天皇の御代には神戸十烟を 更に翌年五烟を奉り
   従四位下に叙せられた これはわが国における神位奉授の始めである
    延喜式内の名神大社であり その後正一位に極位致しました
   崇徳天皇の御祈願と共に勅額を賜り
   その後も国司領主等による社地神田の寄進
   及び社殿の建立等が続きました
だそうです

 参道の途中に居た狛犬さんです
 台座に  嘉永二(1849)
       己酉
       四月吉日
       石工 東予市周布一色石材工業所
 と刻まれていましたが それにしては狛犬さんが新しい
 よく見ると  平成二年(1990)十一月十二日再建
      と刻まれていました



月曜日, 8月 20, 2012

狛犬さん 1209

2012.07.09 愛媛県西条市明屋敷 埋塚神社
 神社の詳細は不明です
 
 狛犬さんの台座には
     昭和三十四年(1959)五月吉日
   と刻まれていました

土曜日, 8月 18, 2012

狛犬さん 1208

2012.07.09 愛媛県西条市明屋敷 蛭子神社
 河口近くに在るお宮さんです
 お宮さん自体 川に向って建っています
 廻りは 漁師町の雰囲気が色濃く残ってます

 蛭子神は 伊邪那岐・伊邪那美との間に
 生まれた最初の神様ですが
 女神から声をかけたため 不具の子だったので
 葦の船に乗せ 海に流されたそうです
 恵美須神と同一視されていますね

  狛犬さんの台座には 明治丗四年
                八月吉日
                石工 北(?)町
                藤高(?)弥太郎
      と刻まれていました

 

 

木曜日, 8月 16, 2012

狛犬さん 1207

2012.07.09 愛媛県西条市明屋敷 大塚神社
 神社に就ての詳細は不明です
 境内の石柱に「大津賀神社」の文字が見えました
 しかし 大津賀神社でも わかりませんでした

 その柱の一つに
  西條置屋藝妓組合事務所 
       大正十四年五月
  西條倹場内藝妓連中の文字がありました

 このお宮さんは 海の近くにあります
 昔は 漁師さんとか船乗り相手の色町でもあったのでしょうか

 狛犬さんの台座には 昭和十一年(1936)九月
      と刻まれていました

     

土曜日, 8月 11, 2012

狛犬さん 1206

2012.07.09 愛媛県西条市東町 妙昌寺
 お寺の境内に お稲荷さんが祀られています
  最上位 経王大菩薩
 以前にも出てきた記憶がありますが
 岡山に在る日蓮宗のお寺です
 神仏習合がいまだに残っている珍しい形態ですね

 このお寺は 寛永13年(1636)に領主が母親の菩提を
 弔うために建立したものだそうです
 以降西条藩松平家の菩提寺となったそうです

 狛犬さんの台座には 安政四年 (1857)
               丁巳六月
     と刻まれていました

















 吽形の足元に居る子犬さんです
























 楼門の彫刻がとても素敵でした

火曜日, 8月 07, 2012

狛犬さん 1205

2012.07.09 愛媛県西条市大町 石鎚教本部聖天社
 お宮さんの名前はわからなかったのですが
 傍に聖天社と書かれた額が置かれていたので
 聖天社としました

 瓦製の狛犬さんです

日曜日, 8月 05, 2012

狛犬さん 1204

2012.07.09 愛媛県西条市大町 石鎚教本部
  入り口の石碑に 石土彦之命と刻まれています
 この神様は 伊邪那岐と伊邪那美との二番目の子供
 石土彦命(イシヅチヒコノミコト)のようです

 狛犬さんの詳細は不明ですが 
 どうして赤く塗られているのかも 不明です
 吽形は台座から落ちたのか 下に置かれています

金曜日, 8月 03, 2012

狛犬さん 1203

2012.07.09 愛媛県西条市朔日市 風伯神社
 御祭神は 級津彦神 級津姫神
 この二柱の神様は 風を司る神様で
 神社名の 風伯は 風の神様の事だそうです

 狛犬さんの台座には
      安政二?(1855)
      正月吉日
      石工 尾道
           敏?屋作(?)
  と刻まれていました

木曜日, 7月 19, 2012

狛犬さん 1202

2012.07.09 愛媛県西条市喜多川 荒神社
御祭神は 素盞男神 
創立等は 不明です

台座に 明治廾四年(1891)
卯 九月吉日
と刻まれていました

















境内の大銀杏です
横の石柱に依りますと
樹高約二十m 幹回り約五m 樹齢不詳
市内まれにみる銀杏の老大木である 幹から
下がっている乳柱を削り 蒸して飲むと





日曜日, 11月 01, 2009

狛犬さん 831

2009.10.15 愛媛県西条市禎瑞 荒神社
 荒神社の御祭神は 素戔鳴尊だと思います
 昔は 田んぼの真ん中に ポツンとあったのでは無いかと
 思わせられる お宮さんです
 境内には お宮さんに付き物の 鎮守の森
 又は 年を経た大木などが無い 
 私には少しさみしいところでした
 由緒などは分かりませんが 
 鳥居に安政四(1857)丁己九月吉日と 刻まれているので 
 それ以前の創建である事は間違いないでしょう
 狛犬さんについても何も分かりませんでした
 

金曜日, 10月 30, 2009

狛犬さん 830

2009.10.15 愛媛県西条市禎瑞 嘉母神社
 御祭神は 倉稲魂命・保食神・和産霊神・竹内立左衛門
 祭神の一人 竹内立左衛門は
 安永7年から足掛け5年 述べ50数万人の人々
 2万両の費用を用い 藩命に依り 禎瑞地域を
 開拓されたそうです 
 このお宮さんは 天明2年(1782)西条藩の
 田園地帯として 開拓された禎瑞地区の産土神として
 祀られたようです
 昭和21年の 南海地震の時には 地盤沈下の為
 冠水し 不作続きとなったそうです
 地図で見ると この辺りは なんとか新田と云う
 地名の付いています
 歩いてみると 広く区切られた農地の広がる
 他の地区の 小さく区切られた農地とは違った
 風景に出合いました
 狛犬さんの台座には 天保十三(1842)寅
              四月吉日  と刻まれていました
 この狛犬さんも 石鎚神社・日尾神社と同じデザインの狛犬さんです
  
 

木曜日, 10月 29, 2009

狛犬さん 829

2009.10.15 愛媛県西条市西田乙 石鎚神社
 本殿の前に居ます
 台座には 昭和四十四年(1969)九月
    と刻まれていました

 安永八年(1779)につけられた鎖で作られた手摺り
 実際に触ってみると かなり太い鎖です

水曜日, 10月 28, 2009

狛犬さん 828

2009.10.15 愛媛県西条市西田乙 石鎚神社内祖霊社
 祖霊社本殿の前に居ます
 台座には 平成元年(1989)五月吉日
   と刻まれていました


 

火曜日, 10月 27, 2009

狛犬さん 827

2009.10.15 愛媛県西条市西田乙 石鎚神社内祖霊社
 禊場横の階段を 上がったところにあります
 祭神は石鎚山開山の祖役行者
 別当寺時代の前神寺・横峰寺の主管者 
 明治の神仏分離以降の祀宮・社司・社掌・
 宮司をはじめ神社職員、先達の殉教者の神霊 
   だそうです
 この狛犬さん 以前に出てきています
 662の松山市鷹子町 日尾八幡神社の狛犬さん
 日尾の吽形の頭には 宝珠が乗っていましたが
 こちらの狛犬さんにはありません
 台座には 文化三(1809)丙寅五月吉日
 日尾神社は文化八年ですから 五年違いですね