八幡さんから降りてきて ふと見ると小さな祠があります
竜王神社ということしか判りません
俗称「りんごんさん」と 書かれていましたが
「りんごんさん」って どういう意味なのでしょう
ちょっと調べてみたのですが 判りませんでした
狛犬さんは 祠の前にちんまりと座っていました
御祭神 誉田別命・仲哀天皇・神功皇后・武内宿禰他
当社創建は 第六十八代後一条天皇の御世万寿元年(西暦一〇二四)
清和源氏新羅三郎義光の祖が崇敬し祀り始め
文永六年(一二六九)四月三日折原刑部丞実成が再興したと記されている
もと内原村鎮ヶ峰に祀られていたが 橘浦村江ノ浦へ遷され
その後 この地へお遷しされた
創建以来 家内安全・海上安全・浦中安全の守護神として尊崇をあつめ
遠くは江戸までその名が聞え 祈願や奉納の品が残されている
創立年代は不詳であるが、足利時代新開忠之が富岡城主であった時の
創建と伝えられ、以来天正十三年(約四百年前)蜂須賀家政当阿波国を領した時、
家老の賀島長政本社を深く崇敬し、御供米を献納社殿を造営した
古来近郷十一ヶ村の産土神として衆庶の崇敬を聚めている
ご祭神は誉田別命・足仲彦命・大鷦鷯命の三柱の神様で応神天皇様
仲哀天皇(応神天皇御父)仁徳天皇(応神天皇の御子)様の御神霊をお祭り申し上げる
応神天皇・神功皇后(御母)は大陸の文化を積極的に取り入れられ、
古代日本における文化の向上、国家の発展につくされました
仁徳陵に次ぐ我国第二の応神天皇陵が大阪府羽曳野市にあります
元々仏教において二万いた日月灯明仏(釈迦以前に法華経を説いた仏)の最後の仏が出家する前にもうけたとされる
「有意」、「善意」、「無量意」、「宝意」、「増意」、「除疑意」、「嚮意」、「法意」の
八人の王子の事。彼らは父親が出家すると、次々と王位を捨て父に倣い出家したとされる