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木曜日, 10月 13, 2011

狛犬さん 1126

2011.06.17 神戸市北区有馬町 有馬天神社
御祭神は菅原道真公
由緒
当社の創建は「神社明細書」に
「有馬温泉の艮の方位にありて
菅原道真公を祀る」円融天皇天元2年(979)4月
京都北野天満宮より勧請す
温泉鬼門除け守護神として奉祭せり
建久3年(1192)9月再建
傍に蘭若院阿弥陀坊を建立し住僧代々奉祀せり
寛正4年(1463)4月13日火災の為焼失す
同年6年(1465)仮殿建設
明治5年無住となり寺院廃止…(略)…
昭和23年(1948)秋 温泉の湧出量減少に依り
境内地に源泉を掘り 以来80余度の温泉の湧出を得て…」
と記されている

当有馬温泉地区は 過去に 水害や落雷による火災により
大きな被害を蒙ってきたので 災除け・鬼門祓いの神として
建立され、温泉街の厄除け神社として厚い信仰を受けてきた

本殿は流れ造りで、各3坪の幣殿・拝殿と5坪の社務所があり
境内には倉稲魂命・素盞嗚命を祀る稲荷神社がある
また 天神泉源と呼ばれる有馬温泉の泉源があり
98度の熱湯が吹き出し湯煙を上げており
観光客にも親しまれている。
だそうです

狛犬さんの詳細は不明です
小振りですが 良い表情の狛犬さんたちです

















天神泉源の泉質は金泉(含鉄・ナトリウムー塩化物強塩高温泉)
温度は98度
深さは206m
だそうです
お宮さんの階段まで 赤錆びた色に染まってしまっています

金曜日, 10月 07, 2011

狛犬さん 1125

2011.06.17 神戸市北区有馬町 有馬湯泉神社
 境内の説明板によりますと
  
湯泉神社
   有馬温泉を発見したといわれている
  大己貴命と少彦名命などの神々がまつられています。
  子宝が授かる神様として知られています。
  有馬温泉の守護神として親しまれており、
  温泉神社とも呼ばれている。
      そうです

 又由緒書によりますと
  
湯泉神社御由緒略記
  当社が日本で最も古い社の一つであるという事と
  有馬が日本最古の温泉場である事とは
  起原を一にしているといってよい。
  六甲の山懐に有馬温泉が発見され
  そして人々の営みが始まった。と同時に
  当社が奉祀される事になったという推測は
  容易に成り立つがそれは一体いつの頃だったのだろうか。
  神代の昔、大己貴・少彦名の二神が
  当温泉を発見されたと伝えこの両命を
  温泉守護の神として祭ったのが当社の創始である。
  崇神天皇の七年(西紀前九〇年)には既に当地に、
  「定置 神戸」とあって当社の存在が確認されている。
  舒明・孝徳の両帝は有馬に入湯あって日々当社に
  参拝をなされ平癒の早からん事を祈られた。
  延喜式神名帳には「温泉神社・大・日次・新嘗」と
  最高格式の式内大社として登載されている。
  安元二年(1176)後白河法皇は建春門院と共に
  来山され当社に奉拝祈願されたが供奉の按察使
  源資賢は次の詠歌を広前に奉納した
   めづらしきみゆきを三輪の神ならば
     しるし有馬のいでゆなるべし
  建久二年(1191)、仁西上人有馬中興の由伝ありて
  以後熊野三山の影響を強く受くる事となり、新たに
  熊野久須美命を勧請併祠するに及び「温泉鎮護三神」と
  称されるようになった。
  藤原定家の明月記に「建仁三年七月権現社に詣ず」
  とあるがその長子為家も当社に詣で次の歌を詠した
   有馬山君の御幸もとしふりぬ
     たのむしるしを神もあらはせ
  江戸の初期からは明確に神仏習合の存在となり
  真言の当社々僧が温泉寺別当を兼ねる事となったが、
  この両社寺の不即不離の関係も明治維新の廃仏毀釈により
  終止符を打つこととなった。
  現在の本殿・拝殿は寛政十年(1798)の
  再建になるものだが狭隘な旧社地(石段下)から
  愛宕山々腹を開拓整地した現社地に
  明治十七年(1884)遷座され現在に至っている
    跡たれていつとしここに有馬山
      杉のしるしの三輪の神垣   頓阿法師
    跡たるる有馬の山も三輪の神
      しるしの杉のたちと尋て   烏丸光廣
    めつらしき御幸を三輪の神ならん
      すくな彦なの恵をそしる   徳川義直(尾張)
        だそうです

 湯泉神社 御祭神
  式内社 湯泉神社  
      少彦名命 大己貴命 熊野久須美命
  摂社  天津神社(南ノ小宮)
      春日大神 天照大神 八幡大神
  摂社  國津神社(北ノ小宮)
      安徳天皇 豊受大神 熊野十二神
  摂社  金刀比羅神社
      稲倉魂命(稲荷神) 大物主命
       阿遇突知命(愛宕神)
  摂社  胸形神社(弁天社とも云)
      多岐都姫命 市杵島姫命 多紀理比賣命
  摂社  水天神社 神地・御旅所
      安徳天皇 大己貴命 熊野十二神

 狛犬さんの台座には
   文政元寅年(1818)
     八月吉日
   と刻まれていました
 吽形の頭には 角を想わせる小さな突起がありました

月曜日, 3月 31, 2008

狛犬さん 439

2008.02.10 神戸市北区箕谷 大原野神社
 神戸電鉄有馬線 箕谷駅のすぐ傍 電車の線路を越えたところにお宮さんがあります
 扁額には 白龍大原野神社 と書かれていました
 
 狛犬さんは制作年代は判りませんが デザインから見ると
   昭和から平成にかけての 新しいもののようです
 阿形の口から垂れている赤い糸は 先に五円玉が 結び付けられています

土曜日, 3月 29, 2008

狛犬さん 438

2008.02.10 神戸市北区谷上 八坂神社
 本殿のお社の中を こっそり覗き込んだところ こんな狛犬さん達がいました
 吽形のほうが 見えないんですが 色は金色です
 阿形の方は 銀色 
 どちらも 他にも色が塗られていたようですね
 素材は 木です 

金曜日, 3月 28, 2008

狛犬さん 437

2008.02.10 神戸市北区谷上 八坂神社
 住宅の間に 隠れるように神社がありました
  と言っても そんなに小さなお宮さんではないんですよ
 狛犬さんの製作月日は 残念ながら 判りませんでした
 阿・吽形共に よく見ると なかなか愛嬌のある顔をしていますね

木曜日, 3月 27, 2008

狛犬さん 436

2008.02.10 神戸市北区下谷上 天彦根神社
 阿形の頭は まったいらですが 阿形の頭には 小さなふくらみが 見られます
 台座に 明治三十一年(1898) 六月建立 と刻まれていました

 狛犬さんの足の先 まるで草履か下駄の 鼻緒のように見えませんか

水曜日, 3月 26, 2008

狛犬さん 435

2008.02.10 神戸市北区下谷上 天彦根神社
 このお宮さんに関しては 神戸市教育委員会のHPに詳しく載っています
 HPにも載っていますが 社名にもなっている御祭神天彦根命は 
 本来 天津彦根命と書きます
 それを 彫り間違いそのまま天彦根神社となっているそうです

 天津彦根命は 天照大神と素盞鳴尊との誓約の際に3番目に生まれた神様です
   日・海・風の神様だそうです
 この神様は 多くの氏族の祖神として 祀られているそうで 
   分布は近畿から関東まで広く広がっているそうです
 本来土着の神・産土神の 集合体ではないかと思われるそうです
 雨乞いの神様であり 台風の時は 風の神様として 風水害を防いだりするそうです
 お日様も風・雨全て 農業には非常に重要です
 農業主体の頃には 非常に重要な神様だったでしょう

 この神社にも 農村歌舞伎舞台があります
  
 鳥居の傍に居た狛犬さんです
 制作年代は判りませんでした
 吽形のほうには 立派な角が見えています 

火曜日, 3月 25, 2008

狛犬さん 434

2008.02.10 神戸市北区上谷上 天満神社
 ご祭神はもちろん菅原道真公
 行った時には 本殿の屋根に 雪が積もっていました

 ここには 立派な農村歌舞伎舞台が残されています
 県の指定文化財に昭和46年指定されています
 江戸末期から明治にかけて 農村歌舞伎が流行したそうです
 この辺り 山田町にも十三カ村に十四棟の舞台があったそうです
 ここの舞台は 茅葺入母屋造平屋
   正面11.0m 側面7.70m
 建物は 文久3年(1863)に建てられたと推定されるそうです
 割拝殿形式で 建物の中央が参道になっている
 舞台として 用いる時は床を張り 花道は分解式で 左横斜めにつけられている
  床下の石壁作りの奈落は 楽屋になっています
 特色は奈落を設けながら 床机回しと言う 上回し式廻り舞台があることだそうです
  床机四台をつないで 廻り舞台にするそうです
 明治の初めには ここで「宮討座」という座を組んで 興行に出かけたりもしたそうです

 狛犬さんは 徳島スタイルの狛犬さんです
 兵庫県でも当時はかなり山奥だったこの地に 
    どうして徳島スタイルの狛犬さんが居るのでしょう
 台座に 明治四十一年六月建之 と刻まれていました