大歳社・五社大明神・白髯大明神・須賀原大明神を
お祀りしているお社の前にいた狛犬さんです
残念ながら 制作年代等はわかりませんでした
本殿の中にいた狛犬さんです
記念碑
我が神戸市漁業協同組合が 昭和三十四年十月に合併してから
茲に目標をはるかに凌駕する勢で 飛躍発展いたしましたことは
組合員一人一人の辛酸研究努力と 組合役職員一致協力の賜であることは
申すまでもありませんが 又我々が先祖から 崇敬する金刀比羅大権現・
恵美須大神・大黒天大神の加護によるものであることを
銘肝するものであります
時恰かも 海洋二百海里時代を迎え 国民蛋白食糧供給確保のため
漁業生産の向上が強く望まれる時 今回新たに社号標玉垣を奉献し
豊漁と漁業操業の安全を祈願するものであります
昭和五十四年八月吉日

震災復興記念碑
平成七年一月十七日 午前五時四十六分頃 淡路島北部の地下
活断層を震源とした マグニチュード7,2 震度7という激震が
突如 神戸を中心に 阪神・淡路地方を襲いかかり
甚大な被害をもたらした
高層ビルをはじめ あらゆる構築物は倒壊 又は 破損
市街地を走る高架の高速道路は崩れ落ち 各地では火災が発生!
多数の死傷者が出た
僅か二十秒の揺れである・・・・・・
県下の被害規模は
人身被災 死者 六千三百余人
負傷者 四万三千余人
住宅に至っては
全半壊 二万四千八百戸余
全半焼 七千一百戸余という
想像を絶する破壊力!
当多聞六神社も 本殿の壁面は亀裂 社務所は全壊 敷地は沈下 地割れ
境内の狛犬や石灯籠 石鳥居 石瑞垣などは
倒壊又は破損という多大の被害を受けた
よって ここに当六神社の復興を記念し
鎮魂の想いを刻むものである
平成八年十月吉日
多聞六神社 復興委員会

この碑は震災で倒壊破損した
鳥居の貫(有姿のまゝ)である
明石郡多聞村 鎮座村社 六神社
祭神 伊弉諾命・伊弉冊命・大日霎命・素盞鳴命・月読命・蛭子命・大山咋命・天鈿女命
由緒 一、当社は貞観五年(八六三)の創立にして 明治七年二月村社に列し
同二十三年七月三十日社殿焼失せしかば 直に再建す
一、明治三十七年(1904)七月九日多聞鎮座の無格社
日吉神社を合祀せり
一、往古より 百姓の神として崇敬厚く 七月二十四日の總祈祷は
特殊神事として 遠近に有名にして 殊に十月八・九日の
秋祭には 神幸式ありて 此日は多聞町出身の人々は
遠近の別無く帰国して 此の神事奉仕を楽しむを常とせり
現今も多聞町の總氏神たり
右ハ兵庫県神社誌及び海神社所蔵文書
明治五年(1872)(明石郡美嚢郡)神社調記の記事より移記せり
※(イ)本殿 老朽化激しく昭和五十九年(1984)九月三十日建替
(ロ)平成七年一月十七日阪神大震災の激震により 当神社被害甚大
本殿境内は修理及び社務所は全壊のため 平成八年十月吉日新築せり
東名〈村〉には
権行司(ごんぎょうじ)・社谷・八代谷・室ノ山・古蔵(ふるぞう)などがある。
『旧押部谷村古文書集』に近江寺行事坊という文字があり、
東名の権行司も寺院に関係する小字名か。
社谷と八代谷は隣接し、そばにある奥津神社に由来するものか。