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月曜日, 10月 11, 2010

狛犬さん 948

2010.06.21 愛媛県東温市野田 徳威三嶋宮
御祭神は  鹿屋野比賣神(かやぬひめのかみ)
大山積神(おほやまつみのかみ)
雷神(いかづちのかみ)
高龗神(たかおのかみ)
由緒
徳威原の台地に鹿屋野比売神を祀り
「徳威王楯明ノ宮」と称したことに始まる
慶雲3年(七〇六)国司越智玉興が大三島から
三神を勧請して上津社・中津社・下津社の三社を祀り
「徳威三島神」と崇めた。 
寛永4年(1627)松山藩主蒲生忠知が入封
徳威原の開墾計画により寛文六年(1666)
上津社・中津社を下津社に合祀
寛文8年(1668)大干ばつが起こり
久米・浮穴両郡代官の支配にて雨乞い祈願祭を斎行する
世にこれを「寛文の御面雨乞い」と称す 
明治4年(1871)太政官布告によって三島神社と号した
大正7年(1918)中殿改築、昭和28年(1953)神楽殿造営
同年11月「徳威三嶋宮」の旧名に復した
だそうです
阿形の狛犬さんは口に小さな珠をくわえています

日曜日, 10月 10, 2010

狛犬さん 947

2010.06.21 愛媛県東温市田窪 浮島神社
浮島神社の浮島は その昔池や沼に葦の茂った浮島が
有ったのが 元になっているようです
田窪と云う地名も それに由来しているのかもしれませんね
しかし 可美葦牙彦舅尊(ウマシアシカビヒコジノミコト)を
御祭神にしているのは 珍しいそうです

狛犬さんの台座には 嘉永二年(1849)
酉八月  と刻まれていました














境内の看板に
磐座(イワクラ)
本殿の庭にある三つの大石を磐座という。
社殿建築が行われる以前の古代祭祀様式の一種で、
神様の御降臨を仰いでお祭りをするための依代であり
御神座である。そのため、石の中央が少しへこみ
神様に座っていただくのに丁度よい大きさや形になっている。
当社では、中央に可美葦牙彦舅尊(ウマシアシカビヒコジノミコト)
左右に伊弉諾尊(イザナギノミコト)・伊弉冉尊(イザナミノミコト)を
お祭りしてきたと伝えられている。磐座が現存する神社は
古社で、全国的にも少ないといわれている。     

土曜日, 10月 09, 2010

狛犬さん 946

2010.06.21 愛媛県東温市田窪 宇氣洲神社
御祭神は 三島神 大山祇命 雷神 高龗神 十六皇子神
海稲八幡神 譽田別神 息長足帯中日子神

境内の石碑によりますと
宇気洲神社由来
この神社は 三島神社と海稲八幡宮を合祀している
三島神社は千二百五十年前神亀五年(728)
伊予の国主越智玉純が大三島より勧請したという  
その後荏原城主平岡氏と志津川の城主和田氏と
数次の戦いに社殿を破壊されたが
後醍醐天皇のころ 越智通孝が社殿を再興した
海稲八幡宮はおよそ九百年前の延久二年(1070)
源頼義が現在地に創建したと古記にあり
嘉永二年(1849)二社合祀の儀おこりこの地に三島神社を合祀して
大正二年(1913)一月宇気洲神社と改称し今日に至る
昭和五十三年十月
 神社合祀令は 主に明治末期に行われたそうですが
このお宮さんでは すでに江戸末期に合祀されたのですね

狛犬さんの台座には 大正元年(1912)六月建之
石工 金子忠太郎
と刻まれていました














絵馬の一枚にこんな額がありました
これはいったい何が書いてあるのでしょう
最初見た時は 河童だと思ったのですが
よく見ると 獅子の絵でしょうか

金曜日, 10月 08, 2010

狛犬さん 945

2010.06.21 愛媛県東温市志津川 天満宮
内に 菅公腰掛石があり 石の上には
丸顔の可愛い菅公が 正座していました
その後ろに 立札があり 菅公が詠んだのでしょうか
歌が書いてありました
しはしゐて
やすらふ心
しつ川の
流れ行く身は
つくし野のはて

狛犬さんの台座に
石工 ?ヱ屋  
泉吉
??
慶應?  ?月
と刻まれていましたが ほとんど読み取れませんでした

木曜日, 10月 07, 2010

狛犬さん 944

2010.06.21 愛媛県東温市志津川 三島神社
境内の石碑によりますと
縁起修覆ノ記
三島神社ハ神亀五年辰八月廿三日
(皇紀一三八八年)(728)
伊豫國守越智宿禰王純公ニヨツテ
大三島ヨリ岩伽羅山上に勧請シ
文治元年(一八四五年)(1185)岩伽羅城築城ニヨリ
コノ地ニ遷宮セラレル 當時吉井郷
一ノ宮テアルト傳ヘラル
東方ニ鎮座セラル客八幡神社ハ
文中年間(二〇三二年)(1372~1375)
河野通定公ニヨリテ筑紫ノ宇佐八幡宮ヨリ勧請シ
正八幡宮ト稱シタ
慶長年間(1596~1615)天満宮ヲ合祀 
正八幡宮客天満宮ト稱セシカ安政ノ頃(1854~1860)
客八幡神社ト改稱現在ニ至ル
爾来幾星霜吾ラ父祖ハ産土神トシテ
景仰シ幾度カ御社殿ノ修覆?
だそうです
狛犬さんの台座には 大正十年(1921)盛春
三津石工 三嶋亀吉
と刻まれていました

火曜日, 5月 05, 2009

狛犬さん 714

2009.04.18 愛媛県東温市横河原 水天宮
 境内に 由緒書がありました
 
水天宮由緒
  一、鎮座地 温泉郡重信町大字横河原
  一、祭神 天之御中主大神・安徳天皇・平皇后・平準后・湛山姫神・
       水分神・酒造司神・加藤嘉明命・足立重信命
  一、祖霊社 氏子 崇敬者の先賢諸士を祭祀す
  一、由緒
    慶長七年一月五日 当時松前城主 加藤嘉明公 
    松山城を築くに当り 足立重信公を 普請奉行に任じて
    伊予川 石手川の付替工事に 着手し その起工式を
    当宮地に於て行う為 九州久留米より(水難を除き
    大改修の完成成就を祈願した)水天宮を奉齋して
    祭祀したるに始まり 爾来数年を経て 大改修の伊予川を
    重信川(足立重信を称えて 重信川と名付けた)と改称して
    毎年の水害を免れ得ると同時に 八千町歩の水田に灌漑して
    毎年二十万石の良米を産出するに至って 近郷近在の人々の
    喜びは譬様なく 社殿を造営して 五穀豊穣 商売繁盛
    子供の育成 安産の神 水難火難の神 酒造司の神として
    部民の崇敬篤し

 狛犬さんの台座には 紀元二千六百年ときざまれていました
 紀元二千六百年記念行事は 昭和十五年(1940)に行われたので
  その記念に 奉納されたのでしょう

日曜日, 5月 03, 2009

狛犬さん 713

2009.04.18 愛媛県東温市助兼 三奈良神社
 お宮さんは 本殿が工事中で 新しくなるようでした
 しかし 御祭神も由緒もわかりません
 解ったのは 町指定文化財の 
  彫刻 鼻高面・工芸品 銭壷及び古銭・工芸品 鉄鋒 
              昭和五十六年七月一日
              重信町教育委員会
 と もう一つは 樹齢推定 300年のクヌギが あることくらいです

 狛犬さんは ちょっととぼけたような顔が 可愛いですね

金曜日, 5月 01, 2009

狛犬さん 712

2009.04.18 愛媛県東温市見奈良 素鵞神社
 ここも 素鵞神社です
 大玉を抱え 尻尾が頭にくっついているタイプです
 台座に 昭和十五年(1940)五月  と刻まれていました