日曜日, 9月 23, 2007

狛犬さん 304

2007.08.22 兵庫県尼崎市南城内町 桜井神社
 阪神電車で大阪から尼崎駅まで来ると 
            南側の車窓から まるでお城のような石垣が見えます
 尼崎の図書館です
 もともと そのあたりが 尼崎城跡になります
 その図書館の南側に 桜井神社があります
 ご祭神は 桜井信定公他歴代城主
 由緒によると
当神社は、廃城後、藩主桜井家の治績を偲び永く遺徳を讃えんものと、
創建団体、信愛社を結び、旧尼崎町、別所を中心に、旧藩地内の有志を募り、
明治十五年、西二の丸跡に建立したのを、昭和三十六年、現在地、西三の丸跡へ遷宮した。
本社には、郷土開拓の祖ともいうべき歴代の尼崎城主の御霊をおまつりしている。
又、十二代城主忠告公(亀文と号す)の歌碑や、天守閣の棟瓦、巽櫓のシャチ瓦、
尼崎市市章の原形の槍の鞘等、その創建の由来にかゝわる諸種の文化財が保存されている。
末社に、尼崎瓢箪山稲荷社等が有る。

  ここでは忠告公(亀文)は十二代となっていますが
    別の立て札には 三代目城主となっていました

 狛犬さんは 新しいものです

土曜日, 9月 22, 2007

狛犬さん 303

2007.08.22 兵庫県尼崎市大物 大物主神社
 大物主命(おおものぬしのみこと)といえば あの有名な大黒様のこと
  出雲大社の神様で 縁結びでも知られていますね
 ただし 地名の大物(だいもつ)は 大黒様のことでは無いようなんです
  諸説あるそうなのですが 尼崎の地は平安時代に港町として栄え 
    西日本各地からの材木の集散地として知られるようになったそうです
  その取引された巨材を意味する「大物」から
     この地を大物と呼ぶようになった との説が有力だそうです

 ご祭神にはもう一柱 市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)
  海・航海の神様で 弁財天として知られています
 本当は宗像三女神 あと二人姉妹がいまして 
  姉の奥津島姫命が 大物主命と結婚しているそうです 

 この地は 兄頼朝に追われた源義経が弁慶と隠れ住んだ という話があるそうですが
  この社に泊ったかどうかは判らないそうです
  謡曲「船弁慶」では 静御前と別れを惜しんだとなっているそうですが
   これは史実であったかどうか 疑問だそうです

 大物といえば 歌舞伎「義経千本桜 大物浦の段」
  平知盛が 体に錨を巻きつけ 海に沈んでいく 
   勇壮且つ壮絶な場面が 思い浮かんできます 
 

 百度石というのはよく見かけますが 「万んどいし」は初めてです
  百度では足らず 万度廻れということなのでしょうか
 鳥居のすぐ傍 まるで通行を遮るように建っていました

金曜日, 9月 21, 2007

狛犬さん 302

2007.08.21 兵庫県西宮市大社町 廣田神社
 ここは 阪神タイガースが 優勝祈願に来るので 有名なところです

 由緒書によると
   
ご祭神天照大神荒魂は
    日本書紀巻九に神功皇后摂政元年(西暦二〇一年)
    皇后新羅より御凱旋の途海路難波に向かわんとして
    務古の水門(西宮)に至り給うたとき船海上で廻り進ます
    御神慮を問われ給ひ
    「わが荒魂は皇后に近づく可からず 當に御心廣田の國に居らしむべし」
    との天照大神の御心誨により葉山媛を齋宮として
    この地に国土の鎮め外難の守りとして奉祀せられた


  荒魂とは 神々の荒々しい側面で
   天変地異を引き起こし 疫病を流行らせ人の心を荒廃させ戦争へ駆り立てる
  そんな神様の一面です

 この神社は社域も広く 自然が豊かに残っていて散歩にちょうど良いところでした
  特に「コバノミツバツツジ」の群落は 兵庫県指定天然記念物に指定されています

 狛犬さんはかなり新しいもので 吽形の頭には小さなふくらみがあります


 境内にあった看板「古代遺跡と現代の西宮」
  薄い水色の部分は 昔海だったところです
 その海の中に島となっているのは 市役所のあるところですね
  かなり山手のほうまで海が入り込んでいます

木曜日, 9月 20, 2007

狛犬さん 301

2007・08・21 兵庫県西宮市神明町 八幡神社
 大きなお社のお宮さんでしたが 由緒はわかりません
 八幡神社ですから ご祭神は応神天皇(誉田別尊(ホンダワケノミコト)・八幡大菩薩)かな
 この神様は 鎌倉時代の元寇(蒙古襲来・1274)のとき 
     時ならぬ神風を吹かせ 国を守ったそうです
 もともと水・火・鍛冶神という性格を持っています
  古い家の四方に巴紋が付いていたら それは防火・悪霊退散という
  呪術的な意味があるようです

 台座に 昭和三十一年(1956)十月十日 と刻まれています
  昭和といっても もう五十年も前になるんですね

水曜日, 9月 19, 2007

狛犬さん 300

2007.08.21 兵庫県西宮市津戸大箇町 日吉神社内愛宕神社
 小さなお社が 境内にありましたが それが愛宕神社でした
 愛宕神社のご祭神は火産霊命(カグツチノミコト)
 火を司る神様で伊邪那岐命・伊邪那美命の子です
  でも 生まれたときから 身に炎をまとい母親である伊邪那焼き殺してしまうのです
  起こった父親の伊邪那岐命に首を切られて 殺されてしまいます
  そのときに流れた血から 岩石・火・雷等の山の神様が生まれてきたそうです
  これは火山の噴火をイメージしているとか
 今でも竃神とか荒神さんとして 防火の神様として各家に祭られています
  時々 お台所に「阿多古祀符 火迺要慎」と書かれたお札を見かけます

 狛犬さんは 昭和年代の新しいものです

火曜日, 9月 18, 2007

狛犬さん 299

2007.08.21 兵庫県西宮市津戸大箇町 日吉神社
 由緒書によれば
ご祭神は
      天照皇大御神(日本の大祖神)
      大山咋神(安産守護・山嶽守護・殖産興業の神
      社伝によれば天正年代(今より役四一七年前)
      瓦林氏の武将 野田兵庫頭がこの地に砦を構えし時 
      里の平和繁栄を祈念する為 
      日本の大祖神 天照皇大御神並びに
      神代より地主の神 殖産興業の神として大山咋神御文霊を
      近江の国 日吉大社より拝祀この地の守護神とし
      本社が創立された
             平成四年三月吉日
                日吉神社奉賛会

 台座には 天保六未年(1835)三月吉日と刻まれています
  

月曜日, 9月 17, 2007

狛犬さん 298

2007.08.21 兵庫県西宮市津戸西口町 津戸神社
 この狛犬さんたちは 手洗所のすぐ後ろに酒樽がおいてあるのですが
  その酒樽の前に居ました
 吽形の足元に 誰が置いたのか 蝶ネクタイをしたお人形が置かれています
 よく見かける瀬戸物製です


 この狛犬さんは お御籤を結びつけるところに居たんです
 白い陶製の狛犬さんたちです
  足元に ちんまり座っているので もう少しで見落とすところでした

日曜日, 9月 16, 2007

狛犬さん 297

2007.08.21 兵庫県西宮市津戸西口町 津戸神社内の社
 脇殿 毘沙門天神 八竟思兼神と書かれています
 毘沙門天はインド出身の神様で
  日本では 持国天・増長天・広目天と合わせて 四天王と呼ばれ 
  仏法守護をしていると考えられている   はずなんですが
  七福神の一人で吉祥天を妻とし 財宝富貴を司るそうです
  
 八竟思兼神(やごごろおもいかねのかみ)は
  天地の初めに現れた「高御産巣日神」の子供で 知恵・文神
  秩父神社・戸隠神社・地主神社にお祭りされているそうです
 天照大神が天岩屋に隠れたとき 誘い出す方法を考えたのがこの神様だそうです
 
 日本の神々は 自然を神格化した自然神がほとんどですが
  思兼神のような神様は 観念神と言われるそうです
  人間の観念・霊の働き・その力といった物を神格化しているんですね

 神仏混交の時代に 仏教の仏様であるはずの毘沙門天が
     神様の仲間入りをしてしまったようですね

 狛犬さんは吽形のほうの頭に 小さな角というよりふくらみが付いています
 制作年代はわかりませんが かなり痛み出してきています

土曜日, 9月 15, 2007

狛犬さん 296

2007.08.21 兵庫県西宮市津戸西口町 津戸神社
 ご祭神は 天照皇大神です
  津戸の“津”は港 “戸”は入口を示す言葉で 昔は務古の水門(むこのみなと)とも
   呼ばれていたそうです
  しかし平安時代から夙川・東川の運ぶ土で海岸線が南下してしまい
   津戸は 港としての機能を失いました
  そのため今津(いまのつ・新しい港)が出来たそうです

 狛犬さんは 最近のものですね

金曜日, 9月 14, 2007

狛犬さん 295

2007.08.21 兵庫県西宮市松原町 松原八幡神社
 本殿に狛犬さんは居ませんでした
 その横にある 鎮宅霊符社の狛犬さんです
 
 「鎮宅霊符社」神名  鎮宅霊神
        ご神影 玄武神 
   “此の霊神を浄室に奉安して礼拝すれば
    火難及一切の災難を免れ福寿を延長し子孫栄える”
         と古史に記されています
 お宮さんの前にそう書いてある立て札がありました

 鎮宅霊神は 中国の神様だそうで 家を新築したりすると 
      災難除けに“鎮宅霊符”受けたそうです
  
 その鎮宅がチンコになり 
  関西方面では 子供が転んだり身体をぶつけたりして泣き出した時 
   「チンコのまじない チンコのまじない」と唱えながら 痛いところを撫でるのです
 「ちちんぷいぷい」と同じように使われる言葉です

 玄武神は 四足獣の一つです
  身体は亀 尻尾は蛇 長寿と富を招き 災厄を寄せ付けないそうです
   北方を守り 色は黒 季節は冬 を象徴しています

 ちなみに残りは
  青龍  舌を出した龍 雨を降らせ豊作をもたらせます
   東方を守り 色は青 季節は春
  朱雀  翼を広げた鳳凰のような鳥 翼で災厄を祓い福を招くそうです
   南方を守り 色は赤 季節は夏
  白虎  細長いからだの白い虎 女性に子宝と安産を授ける事から夫婦円満に導く
   西方を守り 色は白 季節は冬

 相撲の土俵の吊り屋根の房の色は この四足獣を表わしています

木曜日, 9月 13, 2007

狛犬さん 294

2007.08.21 兵庫県西宮市今津上野町 上野神社
 このお宮さんの 創立はわからないようです
 ご祭神は 天照皇太神と言う事だけは わかりました
  昔は地車もあったようですが 今は無いそうです

 狛犬さんの台座には 昭和三十五年十月と 刻まれていました


 境内の隅におかれていたのですが 最初は灯篭だと思いました
  でもよく見ると 中に何が石像物のようなものが見えます
  裏にも廻って調べたのですが 結局何があるのかわかりませんでした

 まるでコロボックルの家のように見え 思わず撮ってしまいました

水曜日, 9月 12, 2007

狛犬さん 293

2007.08.21 兵庫県西宮市名次町 名次神社
 ご祭神は名次大神 この神様は水分神(みくまりのかみ)
 創立は定かではないけれど 五十六代清和天皇が貞観元年(859)
     正五位下の神階を授けたそうです
 同年九月八日 風雨祈願のため 勅使を使わされたそうです

 名次はもともと「なすき」と発音されていたそうです
 「名」は“菜”“魚”のことで 
 「次」は“宿”(人の住んでいた集落)を意味するそうです
 以上から「名次」は魚を取る人たちの集落・浜辺に近い集落と理解でき
 今では海は遥か彼方ですが 昔はこのあたりまで 海だったそうです

 万葉集に
   
吾妹子(わぎもこ)に 猪名野(いなの)は見せつ 名次山(なすぎやま)

角(つぬ)の松原 いつか示さむ
 
    名次山は そんな昔から 名勝地として有名だったようです

 また名次神社は 広田神社の境外社だそうです

 狛犬さんは 囲いの中にいるので 写すのはこれが精一杯
  新しい狛犬さんです

火曜日, 9月 11, 2007

狛犬さん 292

2007.08.21 兵庫県西宮市名次町 室神社
 昭和の終わり頃の新しい狛犬さんですね
 周りはマンションが建つ住宅街です
  その中に 小さな祠が樹木に囲まれて建っています
 境内には 猫がのんびり昼寝をしていました

月曜日, 9月 10, 2007

狛犬さん 291

2007.08.20 兵庫県高砂市高砂町東宮町 高砂神社内水神社
 一段低くなり 池のように見えるところに居ました
  祀っているのは水神さんではないかと思います 
    1998.5.5 沖藤友香
      「こまちゃん」


 
 写真の左端に 太い石柱が見えますが 向かい側にもう一本あり
  鳥居が壊れた物のように見えます
 大人でも抱えると 手が回りきらないのではと思うほど 太い柱です

 この高砂神社も隋神門と練塀に囲まれた 立派なお宮さんです
 隋神門の外側に鳥居がありますが その柱に
    寛文五乙巳年(1665)六月吉辰建立
    平成七乙亥年十月吉辰再建
 もう一方には
    奉寄進石華表
    播州賀古郡御厨庄
   牛頭天王
 と刻まれていました

土曜日, 9月 08, 2007

狛犬さん 290

2007.08.20 兵庫県高砂市高砂町東宮町 高砂神社内尉姥神社
 ご祭神は伊弉諾尊・伊弉冊尊だそうです
 この神社の前に 「五代目高砂の松」があります
  その昔 雌雄同根の松が有り 神木霊松などといわれていたが 
  ある日 伊弉諾尊・伊弉冊尊が現れ 
  「神霊をこの木に宿し 世に夫婦の道を示さん」と告げたそうです

 天正年間(1573~1592)戦乱で行方知れずとなった「尉と姥」の御神像が
 寛政七年(1795)京都で見つかり 五月二十一日御遷座奉祝祭が斎行され
 その後 お面掛け神事を 行うようになったそうです

 吽形の狛犬さんを見たとき 欠けていて可哀相と思ったのですが
 阿形の狛犬さんの顔は 間違いなく誰かにより 削られています
 改めて吽形を見ると やはり削られていて その後 欠けたようです
 

金曜日, 9月 07, 2007

狛犬さん 289

2007.08.20 兵庫県高砂市高砂町東宮町 高砂神社内和魂神社
 このお社は 過去の戦役に当町より出征し散華された四百余柱の
   英霊を合祀しているそうです

 この狛犬さん達は 瀬戸焼のように見えます
  囲いの中にいるので 正面からは写せませんでした

木曜日, 9月 06, 2007

狛犬さん 288

2007.08.20 高砂市高砂町東宮町 高砂神社内金毘羅神社
 このお宮さんの御祭神は 大物主神と崇徳天皇
 大物主神は大国主神の和魂(にきたま(にぎたま)・にきみたま(にぎみたま))だそうです
 和魂とは神様の優しく平和的な側面を表わし 
 対して荒魂(あらたま・あらみたま)は天変地異を引き起こしたり悪疫を流行らせ 
     人々の心を荒廃させ争いへ駆り立てる側面だそうです
 
 崇徳天皇は第七十五代の天皇で「保元の乱」で四国の讃岐に流されました
  後世 四国全体の守り神であると言う伝説が出来たそうです  

 吽形のほうは ちょっと頑固なおじいさんのように見えませんか
 台座には 文化二年(1805)乙丑 三(五?)月と刻まれていました

水曜日, 9月 05, 2007

狛犬さん 287

2007.08.20 兵庫県高砂市高砂町東宮町 高砂神社
 本殿の前にいる狛犬さんです
  台座に 皇紀二千六百年記念と刻まれていました
 
 お宮さんに行くとこの「皇紀二千六百年記念」の文字をよく見かけます
  皇紀とは 初代天皇の神武天皇の即位を起点とする 紀年法です
   皇暦・神武暦・神武紀元と言う言い方もあります

 皇紀は西暦より 660年大きな数字になり 今年は皇紀2667年になります
 皇紀二千六百年は西暦1940年で 元号では昭和15年です
 皇紀(神武暦)は現在でも 法令上生きているそうなんです
  閏年(うるうどし)は神武暦を元に決められているそうです

 神武天皇の父親は彦波瀲武鸕鶿草葺不合命(ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)
   と言う神様です
  神武天皇の本当の名前は 始馭天下之天皇(はつくにしらすすめらみこと) 
  神様の息子だけに長命で 亡くなった時には127歳だったそうです
 
 但し 神武天皇は歴史学的には 存在したかどうかが疑問視されています
 
  皇紀が実際に役に立ったこともあるんですよ
 ある保険会社では 1970年代に 個人情報管理システムを構築する際
 システム担当者はその時すでに2000年問題を予測して
  元号・西暦を使用せず 神武暦を使用していたそうです
 西暦2000年は 神武暦2660年になりますから 下二桁が“00”になるのは
  西暦2040年 神武暦2700年のことになるわけです
 即ち 2000年問題を 40年先に先送りしたわけですね 

火曜日, 9月 04, 2007

狛犬さん 286

2007.08.20 高砂市高砂町東宮町 高砂神社
 6月に書いた尾上神社 狛犬さん 246 と同じで 謡曲「高砂」の舞台になったところだそうです
 どちらも 神功皇后が三韓征伐の帰途 立ち寄ったことも同じ
 そして 根元が一つで先になると 雌(黒松)・雄(赤松)二つに分かれている松の木が
  高砂神社では「相生の松」尾上神社では「尾上の松」と呼ばれ 
  名前が違っても 雌雄同根の松の木があるのも同じ
 よく似ているお宮さんですが
  ご祭神は 高砂神社では 素盞鳴尊・奇稲田姫・大己貴命
       尾上神社では 底筒男命・中筒男命・表筒男命・息長足姉命
           似ているけれど 少し違う

 これも狛犬さんです
  頭はどちらもなくなっています
 右側の狛犬さんは 立ち木の陰になっていて 判りにくいところにいます


 後ろから見ると その痛み具合がよくわかります
  阿吽どちらも 後ろ足が片方無くなり 残っている足も 摩滅し細くなっています
 いつの時代に作られたものか わかりませんが 大事に保管されてるのは 嬉しいですね

月曜日, 9月 03, 2007

狛犬さん 285

2007.08.20 兵庫県高砂市荒井町 小松原三社大神社
 拝殿と本殿をつなぐ辺りに居ました
 昨日の狛犬さんの先輩ですね
 普通は吽形が本殿に向かって左、阿形は右においてあるのが平均的なのですが
  これは 吽形が右にいます
  このスタイルもたまにあります

 それより左側の阿形 足元ギブス状態です
   足が壊れたんでしょうね
  でも この形はちょっと可哀想
 吽形のほうは まだマシですが 唇ではなくて 歯が赤く塗られています
  子供でもいたずらしたのでしょうか

 傍にある灯篭に 宝暦十一年(1761)と刻まれていますが 
  この狛犬さん達も その頃に奉納されたような気がします 

日曜日, 9月 02, 2007

狛犬さん 284

2007.08.20 兵庫県高砂市荒井町 小松原三社大神社
 このお宮さんがあるところは 
 鎌倉時代中期赤松氏の城“小松原城”があった処で 加古川の三角州だったそうです
  今ではその面影は探してもありませんが 古代より人が住んでおり
  貝塚・銅鏡・弥生式土器・須恵器・土師などが出土するそうです

 ご祭神は 品陀和気命(石清水八幡さん)
      天照皇大神(お伊勢さん)
      天児屋根命(春日さん)
  この三柱の神様は それぞれ 清浄・正直(真心)・ 慈悲を表わしているそうです
   又 八幡さんは武家を 
     お伊勢さんは天皇を 
     春日さんは公家・藤原氏を表わしているそうです

 「三社託宣」三社は上記の三社で 託宣は神様のお告げ“神託”のこと
  室町時代に吉田神道で考え出されたものだそうで宇s
  三社の神号又は三社の託宣を書き添えた軸物は 民間信仰の対象とされていたそうです

 この狛犬さん達は 新しいもので台座に 昭和三十三年五月献之と刻まれています
 吽形は歯を食いしばり 何か言いたげに見えます

土曜日, 9月 01, 2007

狛犬さん 283

2007.08.20 兵庫県高砂市荒井町 御旅八幡神社
 新しい狛犬さんです
  子獅子の上に 親獅子が乗っているように見えますが 
  見ようによっては 「ほら見てごらん」と言っているような気もします
  どちらにも 角が無く どちらも狛犬ではなくて 獅子ですね


 境内にお稲荷さんの社があるんです
 建物を赤く塗っているのは知っていますが 
    これは社に使っている石そのものが 赤いですね

金曜日, 8月 31, 2007

狛犬さん 282

2007.08.20 兵庫県高砂市曽根町 曽根天満宮
 隋神門に居た狛犬さんです
  吽形のほうは 立派な角があり どちらも右足を少し前に出しています
 前面にガラスがあり 写すのが大変でした


 境内の中を歩いていると こんなものが在ったんです
 「ほうそうの神様」疱瘡の神様です
 今で言う 天然痘
 昔はこれに罹ると 命を失うこともあったんですね
 例え命が助かっても 顔に痘痕が残り 女の子にとっては器量定めともなる病気でした

 江戸時代中頃 難病や流行病の予防・治療を祈願するために建立されました
  赤い紙に 氏名・年齢を記し ここに貼り付けたそうです
 風化が進み 今では何かわからなくなっていますが
 もともとは 台座に立つ仏三体が 半陽刻されていたそうです

木曜日, 8月 30, 2007

狛犬さん 281

2007.08.20 兵庫県高砂市曽根町 曽根神社
 ご祭神は 天穂日命(あめのほひのかみ)管家祖神となっていますが
  この神様は 農業・養蚕また稲穂の神様だそうです
      菅原道真公
      菅原公公達命(道真公御子)
  御神徳として 学業・智能・文芸・正直の神  冤罪・謗を救う神

 菅原道真が九州に流されるとき この地に立ち寄り 日笠山に登り
  「我に罪無くば栄えよ」と祈念し小松を植えたそうです
  これが霊松曽根の松で 戦国時代 兵火により衰弱し 
     寛政十年(1798)枯死したそうです
  現在は五代目の松だそうです
 
 下の台座には 明治十五年(1882)八月建立と刻まれていますが 
  狛犬さん自体は昭和五十八年九月と刻まれています  

水曜日, 8月 29, 2007

狛犬さん 280

2007.08.20 兵庫県高砂市今市 住吉神社
 法華山谷川の傍にあるお宮さんです
 お宮さんの鳥居には額が無く 地図上で住吉神社と書いてあるだけです

 住吉神社だとすると ご祭神は「底筒男命・中筒男命・表筒男命」と
 「息長足姫命(神功皇后)」と言うことになるんです
 海の安全を守る神様 航海安全を祈る神様です

 前回の荒井神社もそうですが これらのお宮さんは 昔は海に近い場所に建立されていたんです
 しかし今では 埋め立てられた海は遠くなってしまいました

 吽形の頭には 角か宝珠か判らないふくらみがあります

火曜日, 8月 28, 2007

狛犬さん 279

2007.08.20 兵庫県高砂市荒井町千鳥 荒井神社内美雄弥神社
 ご祭神は 治幽大神・英霊神で
  由緒は 
日清・日露戦争から大東亜戦争に至るまでの
            荒井町出身戦没者二百四十柱を祀る
            荒井町のいわゆる靖国護国神社である
            社殿は昭和六十三年高砂市文化財に指定される

 となっておりますが 狛犬さんの台座には
  天明二年(1782)壬寅 正月吉日と 刻まれています
 社殿の屋根には 巴紋がついているので もともとは八幡社だったのでしょうか

 穏やかな顔をしている狛犬さんです
  吽形の頭には 角を表わしているのでしょうか
  小さなふくらみがあります

月曜日, 8月 27, 2007

狛犬さん 278

2007.08.20 兵庫県高砂市荒井町千鳥 荒井神社
 この狛犬さん達 阿・吽形共に角がありません
  と言うことは正確には 狛犬さんでは無いわけですね
 台座に 昭和十八年三月吉日 と刻まれています

日曜日, 8月 26, 2007

狛犬さん 277

2007.08.18 兵庫県三木市本町 大宮八幡宮
 境内の何処にも 狛犬さんが居ないので 諦めて帰ろうとしていました
 帰る前に ご挨拶をしようと本殿の中を見ると居ました
   まるで羽が生えているような 木製に見える狛犬さん

 羽と見えたのは しっぽでした
  右側には確かに狛犬さんが居ますが どういう訳か 右側には 土瓶
  しかも大き過ぎて 実用にならない大きさ

 ご祭神は 
   応神天皇(八幡神)  武神・文教神ですが 
      水の神としての性格もあるようです
      八幡の紋は巴形で 水の渦巻きを表わしているとか
      屋根瓦に巴紋を使うのは 防火の意味があるそうです
   中筒之男命(住吉の神) 海神・航海守護神
      伊邪那岐命が黄泉の国から逃げ帰り 禊をしたとき
      底筒之男命、中筒之男命、上筒之男命の三柱の神が生まれたそうです
   熊野久須毘命(熊野の神)漁業の神?
      この神様は伊邪那美命の事だとも言われているようです
      熊野夫須美神・熊野牟須美神とも書かれています
      熊野三社のご祭神には違いないようですが よくわからない神様です
   素盞鳴尊(祇園の神) 農業神・疫神(防災除疫の神)・冥府の神・荒ぶる神の祖
      祇園の神と書いてあるので 疫病退散を願って祀ってあるのでしょうね
   國水分神(蔵王の神) 水の神・(子供の守護神・子授け・安産の神)
      蔵王の神というのは わからないのですが
      國水分神は伊弉諾・伊弉冉の子供の速秋津比古神・速秋津比売神が生んだそうで
       もう一人天水分神も居るそうです
      速秋津比古神・速秋津比売神は古事記では別名水戸神と記されているそうです
      水戸神も水分神も 水に関係しているのでしょうね
      水分神は「みくまりのかみ」と読み 水の分配を司る神様です
      「くまり」は「配る」事なのですが 「くまり」が「こもり」と訛ってしまい
      子守りの神様になったそうです
   天照皇大神(伊勢の神)  太陽神・高天原の主神・皇祖神・日本の総氏神
      天岩戸に隠れてしまい 国中の神々や人間が困ってしまった話は有名です
      一方素盞鳴尊が 高天原で暴れた時には 武装し戦う強さも持っています
      太陽神としての大地の豊穣を守ると共に 武力・軍事力も象徴する神様です
   天皃屋根命(春日の神)  言霊の神・祝詞(ノリト)の祖神
      天照大神が天の岩戸に隠れた時 岩戸の前で祝詞をあげたそうです
      祝詞を唱えるという事は 祭りを執り行ったという事で 
      神に奉祀するという役割があるそうです
   賀茂別雷神(賀茂の神)  治水・農業の神
      雷は「神鳴り」の事だそうです
      古来から雷神は竜神としても見られていて 降雨をもたらす神様
      雨は大切な作物を成長させてくれるのです
   建御名方命(諏訪の神)  軍神・狩猟・農耕の神
      国譲りの時 父の大国主命が高天原の天照大神から
      「地上の国の統治権を譲れ」と迫られたとき 
      これに最後まで抵抗したのが建御名方神だったそうです

 以上九柱の神々を祀っているお宮さんですが 神様に関しては 名前も沢山別名があったり
 文字が違ったり 調べてもよくわからない部分が沢山出てきました

土曜日, 8月 25, 2007

狛犬さん 276

2007.08.18 兵庫県三木市本町 金物神社
 このお宮さんは 三木城跡に建っています
  三木城は 豊臣秀吉に攻められ 二年間城中に篭城しましたが
  食料もつき 城主別所長治は領民や兵の助命を引き換えに 自刃しました
    有名な「三木の干し殺し」です 

 ご祭神は 天目一箇命(あめのまひとつのかみ)
        金工・鍛冶の神
      金山毘古命(かなやまひこのかみ)
        鉱山・金属・鋳物の神
      伊斯許理度売命(いしこりとめのみこと)
        金属加工・鍛冶の神
                        の三柱です
 いずれの神様も 金物の町三木市にふさわしい神様方です

 阿・吽ともに 荒々しい感じのする狛犬さん達です
  台座には 昭和十年十二月奉建 と刻まれています

金曜日, 8月 24, 2007

狛犬さん 275 

2007.08.18 兵庫県三木市別所町高木 大歳社かやのみや
 吽形のほうには角でしょうか、小さなふくらみが見えています
  右足には どなたか願い事が在ったのか 紐が巻かれています
 手の込んだ彫り方はしていませんが 貫禄を感じる狛犬さんです

 台座には 安政四年(1857)丁巳
        九月吉日
      神澤孫左衛門
      光川五郎兵衛        と刻まれていました

土曜日, 8月 11, 2007

狛犬さん 274

2007.08.04 徳島県阿南市橘町 蛭子神社
 この狛犬さん達も 前歯だけタイプです
 吽形には 角とはいえないような ふくらみが頭にあります

 天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)高御産巣日神(たかみむすびのかみ)神産巣日神(かみむすびのかみ)
 この三柱の神様が 一番初めの神様だそうです
  この神々から神世七代の最後の神様が伊邪那岐命(いざなぎのみこと)伊邪那美命(いざなみのみこと)
 神話の中に出てくる一番最初の夫婦神です
  この二人が天之御中主神から天之瓊矛(あめのぬぼこ)授かり 天浮船に立って
  海水をかき鳴らして 引き上げる時 滴り落ちた塩が積もって淤能碁呂嶋(おのころじま)が出来たそうです
 その島に天之御柱を立て その柱の廻りを廻り次々に子供を生んでいくのですが
  最初に女性である伊邪那美命が 話しかけ出来た子供が 蛭子神
  蛭子神は発育が悪く 三歳になっても立てなかったので 葦舟に乗せ海に流してしまいます
   蛭子神は 蛭の様に手足が無かったと言う話もあります
  二人目の子供淡島(あわしま)も流されてしまいます

 流された蛭子神が流れ着いたのが 現在の兵庫県西宮市
  西宮には西宮神社があり 蛭子神を祀っています

 蛭子神は恵比須様とも呼ばれ 豊漁・航海・交易の守護神とされています
  その為 海の傍 特に漁港には大抵 蛭子神社が祀られています
 このお宮さんは国道の傍に立っていますが 2~3分も歩くと港があります
  もちろん 漁港もすぐ傍です

 障害があるからと言って 自分の子供とは認めず 海に流すなんて
    現代から見るとかなり残酷な話です

金曜日, 8月 10, 2007

狛犬さん 273

2007.08.04 徳島県阿南市橘町 八大神社
 吽形の顔が欠けているのが 哀れです
 頭に小さな角が見えます
  どちらも人のよさそうな(狛犬のよさそうな?)顔をしています
 阿形の後ろに 
 大己貴命(おおむなちのみこと)少名彦命(すくなひこなのみこと)と刻まれた 石柱が見えていますが 
 これは「社日」とか「じじんさん」(地神さん?)と言うものです
 少名彦命は「少彦名命」の間違いでしょう
  この神様は 中国の神農さんのことで 医薬の神様だそうです
 社日には他に天照皇大神(あまてらすおおみかみ)・稲倉魂命(うがのみたまのみこと)・埴安媛命(はにやすひめのみこと) の名前が刻まれています
  正面は 天照皇大神で北を正面にしています

 八大神社は京都にありますが ご祭神は素盞嗚命(すさのおのみこと)・稲田姫命(いなだひみのみこと)・八王子命がご祭神です
  素戔嗚命は牛頭天王(ごずてんのう)と同一視されているようですが
  牛頭天王は 「疫病をはやらせる神様」であり 「疫病を流行らせる神様を支配する神様」
   その神様を鎮め 疫病退散を祈るのが 祇園祭です
  稲田姫命は素戔嗚命の奥さんで櫛稲田姫命(くしなだひめ)のことです
  八王子は八柱御子神で八島篠見神、五十猛神、大屋比売神、抓津比売神、大年神、宇迦之御魂神、大屋毘古神、須勢理毘売命
  この五男三女(いおしめ)の神様は素戔嗚命の子供達のようですが
  
元々仏教において二万いた日月灯明仏(釈迦以前に法華経を説いた仏)の最後の仏が出家する前にもうけたとされる
   「有意」、「善意」、「無量意」、「宝意」、「増意」、「除疑意」、「嚮意」、「法意」の
   八人の王子の事。彼らは父親が出家すると、次々と王位を捨て父に倣い出家したとされる
 
  と言う八王子もいるそうです

木曜日, 8月 09, 2007

狛犬さん 272

2007.08.04 徳島県阿南市橘町 四宮神社
 お宮さんでは必ず 境内の中を一周します
 裏に小さな祠があったり そこに狛犬さんが居たりすることがありますので

 本来の本殿を守るため 外側を囲う建物が建ってることがあります
  このお宮さんも ご本殿は別の建物の中に隠れていました
 するとそのうす暗闇の中に こんな狛犬さんが置かれていました
 阿形の口を見ると 阿南市によくある前歯だけのタイプですが 両端は牙になっています
 吽形の頭には 角を思わせる突起がついています 

水曜日, 8月 08, 2007

狛犬さん 271

2007.08.04 徳島県阿南市橘町 四宮神社
 吽形のほうは 口の下から髭が生えているように見えます 
 阿形は 口の中に珠を含んでいますが 歯が見当たりません
  口の両端には 大きな牙が生えています 
  台座には寶暦と刻んであるように見えますが よくわかりません
  寶暦(1751~1764)だとすると 今から250年ほど前の狛犬さんですね

 由緒書きによると 産土神と共に
 昨日の塩竈神社を建立した 四宮加賀守予一右ヱ(衛?)門をお祀りしているようです

火曜日, 8月 07, 2007

狛犬さん 270

2007.08.04 徳島県阿南市橘町 塩竈神社
 ご祭神は 味耜高彦根命(あぢすきたかひこねのみこと)
   耜は鋤のことで 鋤を神格化した農耕の神様 
  創立は 元亀・天正頃(1570~1592)
    関が原の戦いが 慶長五年(1600)ですから 戦国時代の終わりです
   四宮加○守与一右衛門様による
   海上安全・家内安全・安産の神として鎮座す

 境内には 他にも 
  小神様・秋葉大神・住吉大神・稲荷大明神・庚申堂・乙姫大神
    が祀られています
  乙姫大神は 塩田を守る水の神様だそうです

 ここの狛犬さんも 前歯だけゲジゲジ眉の 狛犬さんです
 吽形の頭には 小さな角があります  


境内の外側に 塩竈神社従者之碑 が在ります
 説明版によると
由来記
この大木は神様の木なり
昭和五十七年九月突風のため 折枝が徳島市の某頭上に
落下し瀕死の重傷を与えたり
古来より始めての由なり
また右の石碑は数十年前より 土中に埋もれ
拝見することも能わざる有様にて一、二の神罰○○○と聞く
○○御神安かれと元の地に○と石碑を建て
氏子一同○○慕い奉るものとして
美しい平和の地長浜の発展を期さんと期さんと希い
我等が子々孫々のために この○実を明記し末永く後世に伝え残すものなり
         昭和五十七年十月吉日
           神社総代  何某
           長浜西四組 何某書

月曜日, 8月 06, 2007

狛犬さん 269

2007.07.31 徳島県阿南市新野 妙見神社
 階段の下から見上げた時 狛犬さんは居ないって思いました
 一応念のため 上がってみると とっても可愛い狛犬さんが居たんです

 高さが 25cmくらい 大きな岩の上に乗っていました
 顔は 阿南市でよく見かける 前歯だけの顔です 

日曜日, 8月 05, 2007

狛犬さん 268

2007.07.31 徳島県阿南市福井町 大宮八幡神社
 本殿の前に居ました
  台座に 明治廿十年
      八月十五日 と刻まれています
 この狛犬さんを撮っている時 小学生二人に 声をかけられました
  ご近所に住むお嬢さんたちで 沢山話を聞かせてくれました
  素直で可愛いお二人でした
 気のせいか 子供達を怖がらせないように 狛犬さんの顔が 優しいですね

土曜日, 8月 04, 2007

狛犬さん 267

2007.07.31 徳島県阿南市福井町 大宮八幡神社
 階段を上がったところにいました

 この狛犬さん達も 阿南市でよく見かける 奥歯が無く前の歯だけのスタイルです
 吽形には小さな角が ありますが 阿形の方は 頭の天辺が脹らんでいます
   平じゃないんです

金曜日, 8月 03, 2007

狛犬さん 266

2007.07.31 徳島県阿南市福井町 杉王神社
 小高い山の上に在りました
 
 台座には  椿地出身 在米国羅府の文字と家族全員と思われる姓名
               家内安全
       昭和六年九月吉日 帰国記念
 以上の文字が刻まれていました
 
 吽形の頭には 角と言うより出っ張りと呼んだ方がよさそうなふくらみがありました
 吽形のほうは それに対比して 少しへこんでいました


神社に上がる手前に 道祖神さんでしょうか
 大木の根元 木に包まれるようにして 立っています

水曜日, 8月 01, 2007

狛犬さん 265

2007.07.31 徳島県阿南市新野町甘枝 皇子二所神社
 このお宮さんは 元禄時代(1690年頃)に作られたようです
  後に十八社を合祀し 甘枝神社と称していたが 皇子二社神社と改称したそうです
 
 写真の角度のせいでしょうが 誰かに話しかけてるように見えます